彼女には響かない。
想いが綴られたラブレターも、
熱血として知られる教師の言葉も、
世界で敬われる偉人の名言も、
僕のこの想いをいくら言葉に込めたって
その耳の奥底には響きやしない。
「愛してる」
その言葉を人生で使う回数は、どれくらいのものだろうか。
好きよりも大好きよりも重たいその言葉を、今どきの若い人達は簡単に口にしている気がするけれど。
大切で、他の誰でもない僕が守りたくなって、
一生を共にして、同じお墓に入りたい。
……少しだけ重たげかもしれないけれど
そんな全てをひっくるめた上でその言葉を使う回数なんて、いくらチャラ男やふっ軽女が粒揃いしている平成の世でも、少ないのではないだろうか。
その位重みを持った、繊細で、…まだ薄汚れていない言葉を。
今僕は、1人の女の人に伝えたわけで。
_ほとんど、無意識だった。
“ちょっと、泣きすぎたみたい”
困った様子で微笑んでそう言った彼女に触れたいと思った。
その頬を撫でる変わりに洩らしてしまったけれど、それは確かに。
僕の、自然に口から零れた本心だった。
___そうだというに
「…えっと…ありがとう…?」
君には微塵にも響かなかったみたいで。
どうやらその鼓膜はとてもとても頑丈に出来ているらしく。
…参ってしまうなあ。
「本気だよ、僕は」
本気なんだよ。そう瞳で語り掛けてみてみても、彼女にはまるで効果がないらしい。
「それって告白?」
「…知らない」
あの時、ワケが分からない、と唇を尖らせた君の質問を曖昧に濁して、…僕はどうすれば自分の言葉がその耳の奥に響くのか。そんなことばかり考えていたんだよ。
1度目のその言葉は、到底 届かなかったけれど。
…次の、愛してるで
絶対に、君の鼓膜を破ってみせるから。
・
___日が落ちるのが、徐々に早くなる。
あの日から、約2ヶ月分の時間が経った。
あれから僕は、愛してる、なんて大袈裟な言葉どころか、カワイイや好きだ、なんて甘い台詞を彼女に吐くことはなかった。
言葉が想い人に響かないとすると…そういう場合、人は身体で示すしか方法は無いのではないだろうか。
ほんの暫く考えて、故に辿り着いたその安直な考え。
…そう、
「…ねえ、い、いつまでこの体制?」
「君が僕のことを好くか、僕の気のすむまでかなあ」
例えば、ほら、
「どのくらい経ったら気がすむの?」
「…僕のことを好きになる前提は無いワケ?
そういうとこが無神経だなんて言われる理由じゃない?」
「……休日の私の自由を物理的な方法で奪っておいて、解放する条件が好きになれだなんて傲慢な人、惚れろって方が無理じゃない?」
___僕以外の必要性を感じなくなるくらいに
僕しか頼れなくなって、僕に縋ってきて、
そのままいっそ依存してしまって。
友情でも恋情でも愛情でもなんだって構わないから。部屋の片隅に置かれたぬいぐるみに情を注ぐように。道べりで雀の死体を見つけては可哀想だと思うくらいの。
どんなに歪な形をしたアイでも構わない。
そしてそのまま僕に堕ちてしまえばいいんだよ。
君が誰に疎まれようとも、裏切られようとも、僕は今生君だけの味方をするから___
全部全部、僕の想い通りになるように。
だから、君と僕が幸せになれるように。
「もう少しだけ時間をくれる?」
「…時間?」
君が僕に染まるまでの数百日。
大切に大切に、時間をかけて。僕は君を侵食していく。僕がいないと困ってしまうように、1人じゃ何も出来ないくらいに、僕が見えないと泣き出してしまうくらいに。
「…こんなの、間違ってるかもしれない」
けれど、後になんて引き返せないほどにこの気持ちは1人勝手に狂いだして、もはや僕の手になんて負えない。多分もう、収集なんてつかない。
「〝ごめんね〟」
僅かに残っていたその理性が、拙く吐き出された4文字と共に身体の内側から去っていく。崩れてしまうような、そんな音が聞こえた気がして。
次の愛してるで、僕は必ず君の鼓膜を破ってみせる。
fin.
「もう朝?」
「うん。起きないと」
「1人じゃ起きれないよ……」
ぼうっとしたまま、まだ半ば夢の中にいる彼女の頬をなぞる。
「本当に、僕がいないと何も出来ないね」
口元に弧を描く。細い腰に腕を回して、抱き上げるようにその身体を引き寄せる。
「歩けないの?仕方がないなあ」
僕に全体重をかけた彼女を堪らなく愛おしく思って
その耳元に触れた。