たとえ優しくない世界でも

 部活に入ることそれが校則がゆるいとされるこの学校では珍しい厳密なルールである。そしてその校則もあってかうちの学校は部活動が盛んである。中にはあまりに酷い活動内容から廃部にさせられたものがあるらしいが、しかしそれもまた過去の栄光として語り継がれている。そして新たにレッドリストに入れられる部活が誕生するのだった。

 「春麗かな素晴らしいこの良き日に、入学式を迎えられたこと入学生一同喜ばしい限りでございます…」
と壇上からありふれた言葉で新入生代表だという生徒が抱負を述べている。専門学校の設立とともに生まれたこの学校は出来てから数年しか経っておらず歴史はまだ浅い。しかし流石に高校だから生徒の数も多いと感じる。最も普通科の生徒は内半分もいないのだが。
 適当にホームルームを終わらせ、校舎をうろうろしながらホームルームで担任に渡された紙を眺める。とても大切なものだと言っていたがただの入部届だ。しかしどの部活に入るかは本当に困る。何しろこの学校は部活が異常なまでに多く、担任曰くすべての部活を3年間で知ることは不可能らしい。それでよく統率が取れたものだ。しかしながら普通友達と部活を探しに行くものではないかと思う人もいるだろう。俺もそう思っていた。だが無事序盤からしくじってしまったらしくまともに話せる人など今のところいない。というかこれからも不安だ。
 そしてある程度部活は見て回ったものの特に興味あるものもなく、何かの部活に属することなく一週間が過ぎようとしていたとき、突如として俺は生徒指導の教師に呼び出された。
この学校の生徒指導主事は女の先生らしいが詳しくはよく知らない。おそるおそる生徒指導室の扉を開ける。すると中には既に生徒が三人いた。しかも全員女子である。全く面識もないし何故一緒に集められたのだろうか。椅子は四脚並んでいたので空いている端っこに座る。
 少しするとドアが開いた。ドアの方をみると、一人の女性が立っていた。そしてこちらに近づきながら話始める。
「今年はバカが五人いた。お前らとここにはいないがもう一人いる」
そして椅子の前にあった長机に手をつき振り返る。
「まぁそれは置いといてだ。この学校には確かに規則が緩い。だが一つだけ絶対に守らなければならないルールがあるが、お前らはそれに反した」
すると俺とは逆の反対側にいた生徒急に立ち話し始める。
「すいません。そのルールとはなんでしょうか。私にはそんなものあった記憶がないのですが」
すると教師はため息混じりに話し始める。
「そうか…、知らなかったか。入学のオリエンテーリングで全員聞いてるはずなんだけどな。この学校の最も守らなければならないルールは部活動に入ることだ。それでお前らは決めていないから呼ばれたんだ」
 すると立ち上がった少女はああと頷き、再び席につく。それで納得したのか。なら何故部活に入っていないのだろうか。そしてまだ先生の話は続く。
「そしてこの場で決めてもらうことがある。入部届を書くか、それとも退学するかだ」
退学とはまた大層なと思ったが入学一週間で非行をしたわけでもないのに退学とは流石に笑えない。冗談ではないだろう。
「それじゃあ、入部届を書くものは残れ、書かないものはその扉から出て行ってくれ」
そう言い終わった途端すぐにさっき質問していた少女が立ち上がりこの部屋から出て行った。ほんとにこういうので出ていくやつっているんだな、と少し尊敬する。先生は扉が閉まるのを静かに見届けると少し目を閉じてため息をつく。
「まぁ。じゃあ他の三人はどの部活に入るか決めてくれ」
そして数刻の沈黙の後、隣の生徒が急に顔をこちらに向けてきてしばらく視線が絡む。視界の端でこの様子を不思議そうに先生が見ているのがわかる。俺も訳がわからない。
 すると隣の生徒は視線を俺から外して先生へと向ける。
「それならこの三人で部活を作ります」
すると先生はニヤリと笑い、いいだろうと言った。先生はすぐさま部活設立申請書なるものを取り出し顧問の欄に自分の名前を書いてその少女に渡した。そして迷うことなく名前を副部長の欄に書き隣の生徒に部長のところに名前を書くように催促する。そして押し切られる形で書かされた紙が俺の元へと回ってくる。
 紙を手にしたまま俺はそいつに尋ねる。
「何をする部活なんだ?」
「知らない」
と首を横にふられた。
「何故あんたが部長じゃない」
「めんどくさいから」
とキョロッとした悪びれることのない顔で答える。
「俺が入らなきゃいけない理由は?」
すると少し考えて、ないと答えた。
「拒否権は?」
と聞くと先生が退学になりたいのかしらとどことなく言う。やはり退学になるわけにはいかないし、他に入りたい部活もないので名前を書く事にした。
 こいつの名前は小倉彩香で部長の名前は紗音小春、先生の名前は坂本杏香らしい。そして部員の欄に河口和弥と書く。書き終わった途端に先生に紙を奪われてしまった。んな乱暴な。
「じゃあ今日中に部活名と活動内容だけ決めてくれ、部屋はまぁこの部屋でも使ってくれ人こないし。誰も使わないし。ああ、決めたことは帰りに職員室に来て教えるように」
と言うとその紙を持って部屋を出て行った。

「小倉これはどうゆうつもりだ?」
「だってあのまま他の部活に今から入るっていうのはハードル高いだろ、それなら新しく作った方が楽だと思って。それにちょうどおんなじような境遇の方がいらっしゃったし。というか急にさん付けも無しい?面識があったわけでもないし少し大胆じゃないかな」
「それは確かにそうかもしれないが」
「まぁおんなじ部活になる関係だし気さくでもいいか。よろしくな河口君。それに小春ちゃんも。」
そう言われた紗音さんは肩をびくっと揺らした。そして「別に呼び捨てで大丈夫」と静かに言った。
「そうかじゃあよろしくな小春」
紗音さんは震えた声ではいと小さく答えた。
「それで小倉この部活は何をするんだ?」
「うーん小春は何すればいいと思う?」
「えっと、思いつかないです」
とまた小さく答える。
「ということだし河口君が決めたら?」
とそんな流れで月に一度情報紙を出す部活に決まった。そして名前も情報文化部に決まった。略して情報部である。こんなのでほんとにいいのだろうか。新聞部的なのと被ってる気がしなくもないが。
活動内容が決まったため職員室に向かう。もちろんの如く小倉はついてこなかったが、何故か紗音さんはついてきた。部長だし行かなきゃいけない的な使命感に駆られているのかもしれない。誰かさんの思いつきで始まったことだしそんな気負わなくてもいいと思うが。そしてさっきから隣に並んで廊下を歩いているわけだが、特に話しかけてくることもなく気まずい空気の中職員室についた。
 坂本先生のデスクまで二人で行くと
「はい、これ書いといて」
とさっき名前を書いた部活設立申請書を渡された。そこに部活名や活動内容について記していく。そしてもう一つ。
「あの紗音さん。もし嫌なら部長変わろっか?」
するとちょっと困った顔をして
「いえ、別に別にお気遣いなく」
と素っ気なく返されてしまった。でも嫌なものは嫌だろうと思い部員のところに記された名前を消し、部長の欄に自分の名前を書きこんで鈴音さんに手渡す。
しかし
「あのほんとにお気遣いなくっ…」
と紙を返されてしまう。こうなってしまっては仕方ない。
「実はさ俺高校入ったら絶対部長やろうと思っててさ、その夢叶えさせてくれよ」
と紙を手渡すと
「すみません、ありがとうごさいます」
と小さく言い名前を書いてくれた。
それを先生の元に持っていくと新しく活動内容の所に書かれた。
「何を書いたんですか…?」
と聞くとひどい返事が返ってきた。
「いや、私の仕事を手伝っって貰おうと思って」
「え、いや何でですか」
「何だだってお前ら生徒指導室占領してるんし多少は手伝って貰わないと」
「いやでも…」
いやですと続けようとした所でとんでもないことを言われた。
「じゃあ顧問降りようかな。部室も無くなるし…、えっとそしたら退学になるのかな」
「いや〜、これからせんせいの仕事手伝えるのが楽しみですね」
「おっ、だろ〜分かってるじゃない。じゃあ今日はもう帰っていいぞ。あと普段の部活は六時までな。さぼんなよ」
と先生は紙を持ってどっかに行ってしまった。
 職員室室を出て今日水筒を持ってくるのを忘れたことを思い出す。まだ4月だというのにもう暑くて喉が渇いてしまった。確か校内に自動販売機があったはずだ。ついてくるとは思わないけど一応部室に帰るように催促する。
「あの、俺ちょっと喉渇いたから何か買ってくるから先戻ってて」
すると少し慌てながら
「私も喉渇いていたので買いに行きます」
とついてきた。そんなはずないだろうに。
 そして自動販売機までやってきた。崖の上に立つこの学校では見晴らしのいい場所がいくつかある。そして自動販売機の前がそのうちの一つらしい。フェンス越しの遠くに海が見える。今日は天気もいいし遠くまで見える。
「何か買ってくるから適当に待ってて」
というと彼女はフェンスの前にあるベンチの方に向かった。やはり何か買うつもりはないらしい。適当に水を買い、そしてもう一つリンゴジュースを買って、ベンチの方へいく。
「紗音さん?」
と呼びかけると振り向いたので、リンゴジュースを差し出す。すると驚いたのか急に立ち上がり
「だ、大丈夫です」
と慌てながら手を体の前で振っている。
「ああ、リンゴ嫌いだった?」
「いえ、そうじゃなくて好きですけど」
なら、ともう一度ジュースを差し出す。
「頂くのは申し訳ないです」
とジュースを手ごと押し返されてしまう。
「いやでもこのまま飲まずに捨てるのも勿体無いし、飲んでよ」
と三度差し出す。するとそれならと受け取ってくれた。そのまま並んでベンチに座る。そして気になってきたことを聞く。
「なんでついてきたの?職員室もというか自販機は付いてこなくてもよかったでしょ」
それは…と少しの静寂の後、
「いえなんでもないです」
と笑ってごまかされてしまった。
「別に言いたくないならそれでいいけど、これじゃあ俺を追っかけたいだけみたいになっちゃうよね」
すると少し声を張って
「いえ、別にそういうわけじゃありませんから」
と必死に否定してくれた。それもそれでどうかと思うけど。
「うんまぁ知ってるよ」
とどことなく言うと、すみませんと小さな呟きが聞こえた。
「そんなに気にしなくてもいいのに別に元々意地悪なこと言ったのは俺だし」
「いえいえ、それでもです」
「じゃあ教えてよ。何でついてきたの?」
「ジュースも頂きましたし、話さないのはご無礼かもしれませんね」
すると彼女はふぅと息を吐き、続きを話し始める。
「実は私、女の人が怖くて、近くにいるだけでまいっちゃいそうで、話すのなんて全然出来なくて」
「それは女性恐怖症ってこと?」
と聞くと頷かれた。
「だから部室に小倉さんと2人きりになるのが無理かなって思って、それで」
なるほどそれなら合点がいく。
「でも迷惑でしたよね。ついてこられて」
とクスリと笑っている。
なるほどこれは他にも何かあそうだな。と思いながら遠くを見る。すると水平線に近い太陽が視界を赤く染める。
「あのそれより何故私たちはいろんな人に見られているのでしょうか」
と不思議そうに聞いてくる。知らなかったのかと思いながら説明する。
 このベンチは水平線のベンチと呼ばれるベンチで夕陽に照らされながら付き合ったカップルはその愛を永遠にするという逸話から、この学校では割と有名な場所である。
 そして男女2人が夕暮れ時に水平線のベンチに座っているとなれば誰でも興味が湧いて覗いてみたくもなるものである。
 説明を聞いた彼女はぽっと頬を赤く染めげ恥ずかしそうに俯く。
「ごめんね知ってるのかと思ってたけど、まさか知らなかったとは…。俺なんかとそういう噂が立ったら嫌だよね。」
すると彼女は顔をこちらに向けて
「そんなことないです!」
と反論してくれた。直後に更に顔を真っ赤に染め上げていたが。
「もう部室に帰ろうか」
と呼びかけると
「今日のことは誰にも話さないでくださいね」
と言われた。ちなみにそれで歓声が湧いて彼女の顔がもっと赤くなった。そして照れ隠しなのかもよく分からないが
「小春と呼んでください」
とお願いされた。なので俺も
「うん、小春じゃあ俺のことは和弥って呼んでくれ」
「はい和弥君」
と満面の笑みを向けられてしまった。
部室の扉を開けると、遅かったっなと小倉が何かを探るようなにやけ顔でこちらを見てきた。
「なんだよ」
「いや、別に〜」
とクスっと笑っている。
「小倉こそ部室に一人で放置されて寂しかっやだろ」
「別に寂しかねーよ」
慣れてるしとボソッと言った気もするがと聞いても
「なんでもないよ」
と笑って返された。出会ってからよく笑うやつだが今の笑い方には今まで覚えなかった違和感を感じた。しかしもう帰っていいいらしいぞと言うとさっきまで見てた笑顔を取り戻した。
「じゃあ、小春一緒に帰ろ〜」
と鞄を手に取り何気なく言う。
「俺は置いてけぼりか」
と言うと、付いてくるか?と適当に返された。俺は付属品か。
「じゃあついてくよ。こんな時間に帰る人なんて他にいないだろうし」
「この時間じゃなくても一緒に帰れる友達なんていないだろ」
と小倉は煽るように言った。こんなのにいちいち乗っていられない。
「確かにそれもあるけど、俺は小倉と帰りたいとおもったんだ」
おかしいか?と首を傾げる。
「そうか」
と意外そうにこちらを見ている。なんだよ。と思っていると小倉はまぁいいや、と鞄を手に取りドアを開けた。

 校門を出ると最寄り駅まで少し坂が続く。俺と小倉は徒歩だが小春は家まで少し距離があるらしく自転車らしい。女子二人に挟まれた状態で坂を下っていく。自転車のカラカラ音がよく聞こえるのは誰も話していないからだ。
そういえば小倉に伝えていないことがあったと思いだし職員室で新たに決まった事の旨を伝えた。部長が俺に変わったことは少し不服そうだ。
 そのまま何となくで小倉の家までついて行った。どうやらアパートに一人暮らしらしいうちとあんま変わんないのかな。また明日〜と適当に別れ挨拶を言って小春と二人になる。
「どうだったか、やっぱ苦手か」
と小春の方を見ずに聞く。
「はい」
と割と落ち着いた雰囲気で言葉が返ってくる。
「隣にならないように弥君が気にしてくれましたし」
「うん、ならよかったけど」
そのまま特に何かを話すわけでもなく歩き続け、比較的大きな幹線道路に差し掛かると別れた。やはり少し距離があるらしい。
別れ際には
「ここまでついてきてもらってごめんね。また明日」
と嬉しそうな笑顔で言われた。その瞳に影が差したように感じたのは気のせいだろうか。
 彩香の家も小春と分かれた場所も家から遠い、もう冷蔵庫の中身が減ってきていたので買おうと思っていたのだが…。そして一時間ほど経ってようやく家に帰ってこれた。
 ただいまと誰にも届かない声を発しながら家に入る。食材を冷蔵庫にしまい、炊飯器のスイッチを入れて部屋に移動する。ネクタイを外しながらベットに横たわる。ボーっとしているとベットの脇に置いてあった。写真立てが目に入る。確か両親と遠出した時の写真が入っているはずだ。もう何年前か分からないけど。父親と母親は俺が中学に上がる前に事故で他界した。確か雪が降った姉の中学の卒業式の日スリップした軽自動車に両親共に撥ねられた。姉も一緒にいたが父親に突き飛ばされてギリギリで車体を避けることが出来た。しかし姉はその後気をおかしくして事故の後からずっと大きな病院で入院している。兄弟の親権は一人の叔母に預けられた。生前父にお世話になった恩を返したいとか何とかで自ら名乗り出たらしい。そして叔母の元に移った訳だが生活費だけ渡されてこのアパートで暮らしてきた。ひどい扱いといえば他ならないが生活費はちゃんと貰えてるし、姉の入院の費用も負担してもらっているので特に文句は言えない。元々匿ってもらえなかったら児童養護施設に入っていたんだ。それよりはよっぽどましだと思う。
 ベットから起き上がって部屋着に着替える。そして書架からノートを取り出す。両親が死んでから毎日つけている日記だ。読み返したこともないし読み返すことも無いだろうけど何となく続けていた習慣だから今も書き続けている。日付を書いて今日あった出来事について記しておく。書き終わるとちょうど炊飯器の炊けた音が聞こえた。適当に野菜とベーコンを刻みフライパンで炒め、塩コショウで味付けしただけの簡単な野菜炒めが出来た。半分は明日の弁当用と朝食用に残しておく。学校には購買もあるのだが毎日人並みに揉まれるのはしんどくて昨日から弁当に変えた。ご飯を食べてシャワーだけさっと浴びるとその日はすぐに寝てしまった。

 次の日の朝校門への道を歩いていると見覚えのある顔が目に入る。誰だったけ。そんなこと思っていると、おはようと女子の声が聞こえた。人違いだろうと思って無視したが和弥君と名前を呼ばれたので振り返ると小春がいた。
「あぁ、おはよー」
「おはようございます」
とどこか嬉しそうに返される。無視していたことは気にしていないらしい。隣を並んで歩いているが特に何かを話すわけでもないのでさっき、見つけた人について思い出す。
「なんであいつ学校にいるんだ?」
「どうかしましたか」
と小春が首を傾げている。
「いや、昨日さ一緒に生徒指導室に呼ばれた人の中で帰った人いたよね。あの人がいるから」
「それはもう学校に来ないということでは無かったのですか?」
と小春が俺に聞いてくる。俺もそうだとは思うけど、あの人がどんな心境で学校に来ているのかは検討がつかない。そしてさっきから小春が何かうじうじしていることに気を向ける。すると一つ息を吐いて、こちらを向いて口を開き、小さな声で言葉を紡ぐ。
「あの良かったらお昼ご一緒しませんか」
一瞬聞き取れなかったので反応が遅れてしまった。
「ああ、お昼ね」
と相槌を打つと
「別に嫌ならいいんです」
と何か否定されてしまった。何も言って無いんだけどな。
「いや、そういうことじゃなて、お昼一緒に食べたいなと」
「ほ、ほんとですか」
と驚きと嬉しさに挟まれた笑みで言われた。
そして昼休み、俺は部室もとい生徒指導室に向かっている。女子生徒がいる所は嫌なそうだし、高校生の女子と男子がお昼を共にしていたらどこか視線を感じなきゃいけないし、それは疲れるからという理由だ。
ドアを開けると既に小春はいた。コンビニのパンを持っている。昨日あの状態から動かされていなかった机を少し動かして長机を二つ横に並べて椅子を三か所におく。椅子が二つある方に座るとその隣に座ってきた。てっきり反対側に座ると思っていたのだが。まぁ昼休みも有限なので弁当を開ける。やはり彩りがいいとは到底言えない出来栄えである。昨日の残りの野菜炒めとご飯が詰まっただけの質素なものである。しかし小春はそれを熱心に覗いてきた。
「どうしたの?」
と聞いてみると、なんでもありませんと物凄い勢いで首を横に振られた。そして質問してくる。
「ご自分でお作りになったのですか?」
「うん、そうだけど、よく分かったね」
「いえただ母が作った弁当であればもう少し彩りがあるかと思いまして」
確かにと思い、なるほどと言うと
「別に悪い意味で言ったんじゃないですからね」
とフォローされた。まぁ、分かってるけど。
「そっちこそ、パン一個だよね。お腹空かない?部活も始まったし」
と聞くと何とも言えない表情で答えられた。
「購買で買うのは勇気がなくて。お弁当もうちの母は作ってくれるような人ではないので」
なるほどごもっともな理由である。男子の俺でもあれに参加するのは気が萎えるのに、女子が飛び込むのはもっと厳しそうだ。
 するとドアが開いて坂本先生が入ってきた。すると俺の方をにやりと見て
「もう女に手を出したのか。随分やり手じゃないか」
とからかってくる。俺の隣にいる人はそういうのでも真に受けちゃうから辞めてほしいんだけど。するとやっぱり反論が始まった。
「いえ、別に和弥君はそういうのじゃなくてただ私の相談に乗ってくれただけで、今日も私が誘っただけですし」
とちゃんと墓穴も掘った。
「出会って二日の女にこう言わせるとはほんとに将来が有望だね。まぁこの学校にいうるちは下手なことするんじゃねぇよ」
とウインクをかましてきた。
「まぁそれは置いといてだ、早速だがお前らに手伝ってもらうことがある」
とやっと本題に入った。
「今日昨日この部屋から出ていったあいつが登校してるんだ。そいつを放課後ここに連れてこい」
「放送かければいいんじゃないですか」
と一応正論をいう。
「それじゃ多分こないだろ、あいつ」
と元も子もないことを言われた。それを連れてくるのも含めてあんたの仕事だろ。
「めんどくさいです」
と言うと
「やってくれるんだな」
とすぐに返される。やりたくないというべきだっただろうか。それはそれでウザがらみされるようにも思えるので仕方ないか。そして一つ、
「それで連れてきてどうするつもりなんですか」
と聞くと、そういうのはその時知った方が面白いだろと言って先生は部屋を出ていった。小春は対人関係が乏しそうだし、俺が一人でやるのが一番手っ取り早そうだ。
 そうは思ったものの彼女の名前もクラスも知らないし所属してる部活はもちろんない。つまり何の情報もない。クラスは普通科全部で五個あるはずだ。芸術科だった場合はもうどうしようもないだろう。一つ一つクラスを覗いてもいいがそれでは俺が明らかに不審者になってしまうし、トイレに行っていたり先生に呼ばれたりしていたら、それは意味をなさない。やはりあの先生に聞きに行くべきだろうか。
そう考えお昼を食べ終わった後職員室に向かったが坂本先生は席を外していた。さっきも忙しそうだったし仕方ないだろう。と教室に向かって歩いているとちょうど探していた人を見つけた。廊下を一人、幾つかの教科書やノートを持って歩いている。次は移動教室なのだろうか。でも普通は友達とかと一緒に行くものだと思うが。まぁ俺の言えたことではないか。もう色々考えるのが面倒くさいので直接声を掛ける。
「あの〜すみません」
しかし無言で歩き出してしまったので追いかけながらもう一度声を掛ける。
「すみません」
だが歩く速度を速くされてしまう。更に追いかけてさっきよりも声大きくして話し掛ける。
「すみません!」
するとやっと足を止めて反応をくれた。
「無視されてるの分かりながら声掛け続けるとかキモいですよ」
とそれだけ言って再び歩き始める。
「ちょっと待って、話があるんだ」
振り向いて死んだ目で吐き捨てるように言葉を返される。
「何ですかナンパですか。それならもう間に合ってますけど」
「残念だけどナンパじゃないんだ。それでお願いがあるんだけど」
すると更に死んだ目で
「嫌です」
と強く言われた。何もそこまで否定しなくても。
「まだ何も言ってないじゃないか」
するとその死んだ目のまま更にテキトーなことを言われる。
「嫌です。というか聞きたくもありません。他を当たって下さい」
「そう言われても君にしかできないお願いなんだけど」
「何ですか」
聞くんだ。てっきり無視するのかと思った。
「部活に入って欲しいんだ」
「嫌ですけど」
と再び歩みを進めようとするので進路に移動して更に続ける。
「このお願いは君にしかできないんだよ。君以外の人で部活入ってない人居ないから」
するとようやく興味を持ってくれたようで質問してくる。
「どこで知ったんですか。それ」
「先生が教えてくれました」
そう言うと、はぁとため息をついて言い直される。
「どちらにせよ嫌ですけど」
「まぁ、話だけでも」
「尚更嫌ですけど」
そう言って歩き始めてしまったので言いたく無かった一言を掛ける。
「去年の県大会」
そう言っただけで彼女の頬は引きつった。
「あなた以外の生徒はみんな」
すると小さくしかしはっきりと強く
「黙りなさい」
とさっきのような死んだ目ではなく、威圧するような力のこもった目を向けられる。その覇気に当てられてしまった。いや強がる瞳から微かに感じた寂しさとそれを隠すものに魅了されてしまった。そして彼女を呼び止めることは出来ず、そのまま立ち去ってしまった。

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