久しぶりに神殿を出て神域の森の中を歩く。
目指すのは、残された小さな気配。
いままでは放置していた事象を、何故今回に限って反応したのか。
何があるわけではない。
ほんの気まぐれ。ただの興味本位。
すでにそれが森に残されて数日が経っていた。
弱かった気配はさらに弱々しくなっている。
土に還るのも時間の問題か。
そんなことを思いながらその場所へ行くと、黒く長い髪で三角の耳と尻尾を生やした、薄汚れた狐のあやかしの少女が倒れていた。
薄汚れているが、見目は整っている。
それに着ている服も、土などで汚れているものの、それなりに良い品のようだ。
いったい何故こんな子供を残して大人達は去って行くのか。
俗世に関わらぬ蛇神にはよく分からなかった。
ぴくりとも動かない少女に近付き、上半身を抱き起こす。
すると、ゆっくりと瞼が開き蛇神を見た。
蛇神は少し身構えた。
これまで会った神、人間、あやかし、誰もが蛇神の容姿を見ると怯えた。
幼い子供なら泣くか叫ぶかするかもしれないと。
しかし、少女は蛇神がよく見えていないのか、ぼんやりと視線の定まらない眼差しで「水……」と呟いた。
おそらくここに置き去りにされてから水すら満足に摂取していなかったのだろう。
唇はひび割れカラカラに乾いていた。
蛇神は急いで水を作り出すと、少女の口に近付け、ゆっくりと飲ませた。
何故助けようとしているのか。そんなことを疑問にすら思わずに少女に手を差し伸べた。
満足したのか、飲むのを止めた少女はまたゆっくりと目を閉じて静かになった。
一瞬死んだのかと思ったが、先程よりも命の気配が強く感じる。
ならば、ただ眠っただけだろう。
しかし、このままここに置いていけば、確実に死へと向かうだろう。
蛇神は僅かな間思案した後、まだ幼い少女を抱き、共に神殿へと足を進めた。
ただの気まぐれだ。
長い時を生きた蛇神の初めての気まぐれ。
しかし、後に蛇神は何度もこの日のことを思い出しては、気まぐれを起こした自身に拍手喝采することになる。