「住職さん!この子は、初音ちゃんは助からないのですか?」
 恒子がすがるように言う。
 当の本人であるはずの初音は、心ここにあらずの状態にあった。
 コンの顔が思い浮かぶ。いつまでも待つと言ってくれたあの子が、まさか自分を取り殺すなんてことがあり得るのだろうか。
 初音は心の奥底に何かが引っ掛かっているのを感じた。その正体を突き止めた先に真相があると直感する。
 ならば一刻も早く向かわなければ。初音は機をうかがうことにした。
 「残念ながら??。狐の気が変わることを願うしかないでしょう」
 今だ、と初音は悟る。
 「だったら私が願ってきます」
 狐石に、と力強く言った。
 僧侶が目をむく。
 「危険すぎます。それに、探し回ったとて見つかるものではありません」
 「じゃあ、他に方法はあるんですか?」
 僧侶が言い淀んだ隙を見逃さなかった。初音は脱兎の速さで立ち上がり、玄関まで駆ける。後ろで恒子の呼び戻す声が響いたが、振り返らなかった。
 「ごめんね、おばあちゃん」
 そう小さく呟いて、家を飛び出す。 
 
 初音は尚も走った。狐石に願いに行くというのは方便で、本当の目的はコンと会うことだ。会って、話がしたかった。そうすれば、さっきから心に居座り続けている引っ掛かりも解消され、実のところが明らかになるはずなのだ。
 万が一、コンが自分を連れていくつもりなら受け入れようと思っている。家族や友人と会えなくなるのは寂しいが、コンとずっと一緒にいたいという気持ちが勝った。
 もはや初音は、コンに対して友情以上のものを抱いていることを否定できなくなっていた。だから僧侶の話を聞いたとき、驚きこそすれ決して嫌な気持ちにはならなかったのである。
 コンはいつも気づけば傍らにいるのだが、今日に限って中々現れなかった。初音は立ち止まる。
 どこかで待っているのかもしれない、と思い直す。だとしたらその場所は??
 突如、空からぽつりぽつりと水滴が落ちてきた。日は照ったままだ。
 初音は再び駆けだす。こんな天気のことを『狐の嫁入り』と呼ぶのだったか、とぼんやり思った。

 そこに着くころには初音はずぶ濡れになっていた。コンが思い出の場所と言っていた、あの高台である。