ちょっとからかってみたつもりなのに、予想外の返しをされて初音は少し困惑した。でも、面白い娘である。
 「私は今野初音」
 「なんと、コンノさんとおっしゃるのですか。私とそっくりなお名前ですね」
 コンは大きな目を真ん丸にした。
 言われてみればそうである。普段下の名前で呼ばれることの方が多いので、意識が向かなかったようだ。
 「まあ確かにそうだけど、私のことは初音でいいよ」
 「はい、これからよろしくお願いします。初音さん」
 コンが手を差し伸べて握手を求めてきたので応じる。小さくて温かな手だなと思った。
  
 それからほぼ毎日、初音はコンに会いに行った。童心に帰ったように野山を駆け回り、時に綺麗な花の群生に目を奪われ、またある時は小川のせせらぎに耳を澄ませた。
 そして何よりコンの幸せそうな顔に、初音は心洗われた。しかしいずれ避けられない別れの重みが、日に日に初音の胸に強くのしかかってきた。
 親からは一度だけ連絡があったが、夏休み一杯は帰らないという意志を示すと、それきりだった。向こうも、今はお互い離れて冷静になるべきときだと判断したようだ。
 しかし、初音は高校生である。夏休みが終われば学校は再開する。ここから通うのは不可能なので、当然実家に帰らなければならない。
 コンを連れていくわけにもいかないから、彼女とはしばらく会えなくなる。
 初音はこのどんよりした気持ちを顔に出さないよう努めていたのだが、コンは意外に鋭いようであっさりと見抜かれてしまった。八月上旬のある日のことである。
 二人肩を並べて木陰で涼んでいると、コンがこう切り出した。
 「初音さん、どうされたのですか?ここ何日かずっと浮かない顔をされていますよ」
 初音は観念して、話した。
 夏が終わったら本当の家に戻らなければならないこと、そしてしばらくはこちらに来られないことを。
 コンが泣いてしまうのではないかと初音は心配したが、全くの杞憂だった。
 「でも、また会いに来てくださるのでしょう?」
 何でもない風に、コンが言う。
 「まあ、そうだけど。冬休みは短いし、来年の春、下手したら夏にならないと来られないかも……」
 いや、もっと正直に言えば来年の再訪も可能かどうか怪しいところだった。初音は大学進学を決めている。来年は受験生なのだ。
 しかし、コンはそれすらも見越しているようだった。