初音は何度も何度もそれを繰り返した。汗でしとどに濡れた髪が、いくら振り払っても顔に貼り付いて視界を奪う。右腕が悲鳴を上げ、石の欠片が飛び散って皮膚を刺す。そんなことなどお構いなしだ。
 疲労は溜まっていくものの、狐石の霊力によるものと思しき体の不調は、徐々に弱まっていった。
 間違いなく壊せる。そう確信して、最後の一撃をお見舞いする。
 表面にわずかな亀裂が入ったかと思うと、瞬く間に全体に広がり、崩壊が始まった。地の底まで響くような断末魔。目の前が奇妙に歪み、初音は平衡感覚を失って倒れこんだ。薄れゆく意識の中で、これでコンは成仏できたのかな、と考えた。
 自分は死ぬのだろうか。もし天国に行けるのなら、また彼女に会いたい。いや、そんな訳ないな、と初音は自嘲する。
 神を殺したのである。次に目が覚めるのは地獄だろう。もとはと言えば全て自分のせいなのだ。因果応報だ。自業自得だ。
 息を吐き、体の力を抜く。最後に、静かに目を閉じた。
 
 とある私立高校の職員室。帰り支度をしていた今野初音は、突然の雨音に驚き窓の外を見やる。まだ四月だというのに季節外れの夕立だろうか。しかも奇妙なことに日の光は差したままである。降りやむまで少し待とうと思い、初音は上げかけていた腰を再び椅子に預けた。
 こんな天気はいつぶりだったか。初音は懐旧の念に駆られる。
 忘れもしない十六年前の夏のこと。最初にして今までで唯一の想い人を失った初音は、決死の覚悟で神に牙をむいた。比喩ではなく本当に死んでもよいと思っていた。実際、試みに成功した後の遠のく意識の中で、初音は自らの身に死が迫っていることを実感したのだ。
 しかし初音は死ななかった。目が覚めたのは高台の上。既に空は茜色に染まり、カラスが連れ立って鳴いていた。
 家に戻ると、恒子が一人待っていた。
 「それで、よかったとね?」
 恒子の第一声だった。初音は頷き返す。
 どういう意図で発した言葉なのだろうか。恒子は最初から全部お見通しだったのだろうか。今となってはもう確かめる術は無い。
 鏡を見ると、顔面蒼白のうえ髪は乱れ、おまけに手足は傷だらけだったが、吊り上がっていた目はすっかり元通りになっていた。
 数日後、初音は両親のもとに帰った。時間を置いたおかげかお互い冷静になっていて、今野家に平穏が戻るのにそう時間はかからなかった。