どれくらいの時間が経ったのだろうか。炎が跡形もなく消え去る。コンの姿も、その痕跡すらも雲散霧消してしまった。
 初音はその場にうずくまる。やがて低く呻くと、来た道を一気に駆け下りた。髪を振り乱し、目を吊り上げて風のように駆けるその姿は、悪鬼そのものだったかもしれない。
 理性のタガはとうに外れていた。燃えさかる感情のみが初音を突き動かす。その正体がコンを助けたいという純粋な思いなのか、はたまた彼女を奪った狐石への憎悪なのかは分からない。
 気づけば辺りは暗く、肌寒くなっていた。
耳が痛くなるほどの静寂。鳥や虫の鳴き声も葉擦れの音も聞こえない。
 十年前にも訪れた、あの林道である。
 初音は長い道をひたすらに進んだ。その先には、期待通りの場所が待っていた。
 初音は立ち止まった。麻痺していた体の感覚が徐々に戻ってくる。引き返すなら今のうちだ、と内なる声が警告する。しかし冷静になった頭をもってしても、退くなどということは考えられなかった。
 心臓が爆発しそうなほど激しく脈打ち、呼吸も苦しい。寒いのにぐっしょりと汗をかいている。体が異様に重い。
 理性を失いかけるほど強い願いを持つ人間の前にしか現れない神域。そこに二度も入り込んだのだ。そのうえとんでもないことを企てている。地獄に落ちる程度では済まないかもしれない。
 末代まで呪われる、という言い回しが浮かんだが、初音は鼻で笑い飛ばした。
 「残念だったね、狐石。私には呪う子孫なんできないのよ」
 そう呟いて、足を踏み出す。
 木々が恐れをなしたようにぽっかり空いたその空間の中央は隆起し、そこに球をやや潰したような形の岩が鎮座していた。            
 巨岩というほどではないが、一歩、また一歩と近づく度に、凄まじい重圧と倦怠感に襲われる。それでも初音は歩みを止めない。ゆっくりと、でも確実に目標に近づいていく。
 屈めば触れられる位置まで来ると、初音は思い切り右腕を振り上げた。その手に握っていたのは、コンが消えた後高台で見つけた石である。握りやすい形と大きさで、先端が鋭く尖っていた。それが以前からあったのかどうかは、よく覚えていない。
 勢いよく狐石に叩きつける。静まりかえった森に硬質な音が鳴り響いた。石を持つ右手にびりびりと衝撃が走る。どちらのものか判別のつかない破片が足をかすめ、ぱらぱらと地に落ちる。