しかし、コンは首を縦には振らなかった。
 「いえ、これでお別れです、初音さん」
 「どうして?」
 初音はほとんど叫ぶように聞いた。対するコンは落ち着き払っている。
 「私は恐らく、地獄に落ちるからです」
 「え……」
 「あなたと結婚せよというのは、あなた方が狐石と呼ぶ神様のご命令なのです。神使の私にとって、それに背くというのは大罪に値します」
 「そんな……」
 初音は代償のあまりの大きさに絶望した。あんなことさえ願っていなければ、と思うと胸が張り裂けそうだった。
 「初音さん、どうか自分を責めないでください。魂になる前に身体を失ってふわふわしていたところを、たまたま吹き込んでいただいた命です。それがこんなにも大切な人と巡り会えるなんて、思ってもみておりませんでした。初音さん、今までありがとうございました」
 コンは空を仰いだ。
 そういえばコンの昔語りを聞くのは初めてだと初音は思った。聞きたいことも話したいこともまだまだ一杯あるな、と。
 「見てください。あんな大きな虹、見たことありませんよ」
 コンの声色にいつもの明るく好奇心旺盛な調子が甦り、初音は思わず顔を上げる。偶然にもコンの言に従う形になった。
 空の端から端までかかる壮大な虹である。初音はしばしその空想じみた光景に目を奪われた。
 コンが、すうと息を深く吸い込む。
 「神様、聞こえておりますでしょうか。私はこの者と契る気は毛頭ございません。自分が何を申しているのかは分かっております。どうぞこの罪深い私の身を、地獄の業火で焼き払ってくださいませ」
 両手でメガホンを形作って口に添え、コンは天まで響き渡る声で高らかに宣言した。
 それが済むと、初音に笑いかけた。本人はにこやかな顔をしたつもりなのだろうが、隠しきれない寂しさと怯えの色が滲んでいて、初音は目を背けたくなった。
 「さようなら」
 次の瞬間、彼女は炎に包まれた。
 初音は躊躇なくその中に飛び込んだが、すり抜けるばかりだった。炎の熱も全く感じない。コンの姿は認められなかった。
 「神様、聞いてんの?罪人は私よ。罰するなら私を罰しさないよ!なんで……」
 なんでこの子がこんな目に合わなきゃいけないのよ!
 獣の咆哮じみたその叫びはしかし、聞き入れられることは無かった。