神様の命令だから、いやいや従おうとしているのか。本当は結婚などしたくないのではなかろうか。考えれば考えるほど、ますますそれが妥当だという気がしてきた。
 初音は人間、ましてや女なのだ。
 初音は恐る恐る口を開いた。
 「ごめんなさい。私、コンの気持ちも考えずにあんなことを……」
 コンがこちらに向き直る。真一文字に結ばれた口元が緩んだとき、初音は救われた心地になった。
 「いえ、謝ることなどございません。あなたがお願いをしたのを、私は物陰から見ておりました。その気になれば、飛び出して止めさせることも出来たのですよ。そうしなかったのは、他でもない私の意思なのですから」
 「そっか、ありがとう」
 初音は目頭が熱くなるのを感じた。
 「私の方こそ、初音さんが私のことをお忘れになったままなのではないかと不安でなりませんでした。思い出していただいて、本当に嬉しかったです」
 コンが宵闇を彩る花火のように笑う。初音の頬を冷たいものが伝った。またこの子の前で泣いちゃったな、と思った。
 気づけば雨は完全にやんで、遠く山並みにうっすら虹がかかろうとしていた。
 もうすぐ婚姻の犠だ。これでやっと、大好きな人と一緒になれる。既に初音の決意は固まっていた。初音はコンを抱き寄せようとしたが、彼女の口から出たのはあまりに予想外の言葉であった。
 「しかし、あなたと契ることは、出来ません」
 初音は絶句した。雲間から光が覗いたかと思った矢先、再び暗雲が立ち込めたような気持ちだった。
 「どうして?やっぱり私とは嫌なの……」
 「そうではありません!」
 コンはぴしゃりと言い放った。
 「私だって、あなたと一緒にいたい……。しかしあなたは『こちら側」に来るべきではございません。あなたには、あなたの不在を悲しむ方がいます。私の都合で、あなたを奪うわけにはいかないのです。たとえ神様に背くことになったとしても……」
 初音は何も言い返すことが出来なかった。あれほど強固だった決意が、揺らいでいるのを感じた。コンと一緒にいられるなら命さえ惜しくない。その想いは変わらない。しかし自分が死んだら、残された人はどう思う?恒子は?学校の友人は?これから和解しなければならないはずの両親は?
 「でも、また会えるよね?」
 初音にとっては当たり前のことを確認したつもりだった。