夜道を歩いていると、一人の女性が蹲っていた。
 どこか体の調子でも悪いのかもしれない。慌てて私は、その背に駆け寄った。
「どうしました?」
「実は……大切なものをなくしてしまいまして」
「何をなくしたんですか?」
 女性はゆっくりと立ち上がり振り返った。
「はい。顔を、なくして……え?」
 目も。
 鼻も。
 口も。
 何もないのっぺらぼう。
 それがこちらと対面すると言葉に詰まり……悲鳴をあげた。
「ぎゃー! 助けて!!」
 顔のない女は一目散に逃げ出してしまう。
 置いてけぼりになった私は、しばしあっけにとられた。
「何だったんだ」
 首を傾げてから、また歩き出す。
 しかし、のっぺらぼうとは珍しいものを見た。写真でも撮って、SNSにあげたら結構バズったかもしれない。
「惜しいことをしたかな」
 小腹が空いたので、そのまま手近な蕎麦屋に入ることにする。
 カウンターに座って注文をしてから、店員を相手に先程の話をする。
「大将、さっき変な女に会ったんだけど」
「へえ」
「本当珍しい顔をしていてさ」
「それは……こんな顔じゃなかったですか?」
 そこで店員はうつむいていた顔をあげた。
 すると、なんとまたものっぺらぼう。
「そうそう、そんな顔だったよ」
 これ幸い。
 今度こそ写真をとスマホを構えようとすると、のっぺらぼうの顔色が途端に青ざめる。
「あ、あ、あんた!」
「はいはい。笑って笑ってのっぺらぼさん」
「うわあああああ!」
「ありゃ、今度も逃げられた」
 まだ蕎麦も食べていないのに。
 しかし、人の顔を見て逃げるとは失礼な話だ。私の顔に何かついているのか。溜息をつき、小さな手鏡を取り出して自分の顔を見た。
 のっぺらぼうと違い、ちゃんと目も鼻も大きく裂けた口もある。
「口裂け女の中でもそう悪くない方だと思うだけど……何で皆この美しい顔を見て逃げるのかしら」