ああ、退屈だ。
いつもの文庫本を読みながら、何か面白いことないかな、と起こりもしないアクシデントを夢想する。
茶色い紙のカバーは擦り切れ、その本の歴史を感じさせる。
手当たり次第に本を読んだが、どれも展開が予想できてしまってつまらない。結局、この本を持ち歩くことになるのだ。
この本は父から貰った。彼曰く、「これを使う時が来るかもしれない」
使う時って何だよ、という言葉は言わずに、大人しく持ち歩いている。お守りのようなものだ。

父は、俗に吸血鬼と呼ばれる存在だ。とは言っても生きた人間には手を出さず、大人しく死体の血を啜って生きている。あと、ごく普通のサラリーマンだ。
というのも、一度でも生きた人間の血を吸った吸血鬼は終わるらしい。人として。いや吸血鬼は人じゃない。正確に言うと、理性と失うのだ。血の味に取り憑かれ、狂ったように生き血を求めるようになるとか。文字通り『鬼』になる。
母は人間で、私を産むと同時に死んだ。まだ乳幼児だった私が、彼女を吸い尽くしたのだ。
吸血鬼と人間のハーフと言っても、右目がエメラルド色をしているだけ。(目立つのは嫌なので、肩までかかる黒髪を半分、右に流して隠している。)人が食べる食糧も食べられるし、血を吸わなくても生きていける。その他の特徴は傷の治りが早いとか、身体能力がちょっと高いとか、それくらいしかない。

今日は久し振りに、演劇部の部室に来ていた。演技するのが好きなわけじゃない。劇を観る方が好きだ。部室は鑑賞するにはうってつけの、特等席。
いつも通り本を読んでいると、ガラガラと音を立てて扉が開いた。弱小の演劇部に割り当てられる部屋は狭く、古い。大きな音を立てる扉にも、年季がはいっている。
そこに現れたのは、話題の転校生だった。話題、と言っても話に参加している訳ではなく、教室で何となく盗み聞きをして手に入った情報なのだが。
今までも女の子がこの部にやって来たことは、ごまんとあった。大体が、瑠璃くん目当てだ。そしてあまりの退屈さからか、彼に告白して振られたからか、全員が例外なく部室を去って行った。
もう今では彼に告白するのはネタ同然に扱われ、振られる前提なので、最近では部員の出入りは無かったのだけれど。
「ふ〜ん。どうも」
初対面の挨拶にしてはやや不自然だろうか。まあ、こういう性格なのだから致し方ない。
彼女からはどうも、今までの新入部員と違う何かを感じた。瑠璃くん目当てであることには変わりないだろうけれど、何かが違うのだ。うまく表現できない。直感、というものだろう。
直感には自身がある方なので、二人の行く末が楽しみだ。遂に瑠璃くんが告白を受け入れる日が来るのか、はたまた全く別の関係があるのか。一番近くで見ていたい。どうかこの退屈な日常から私を、救ってくれ。