この奇妙な日常にも慣れて、一ヶ月が過ぎた。と言っても、あれ以来血を吸われたことは無い。吸血は、そろそろか。
自然と一緒にいることが多くなった。
「部活って、何入ってるの?」
緋色が聞いた。空は真夏の青さを失い、初秋の始まりを告げる。
卵焼きを口に運びながら答えた。「演劇部」屋上も涼しくなって来た。
「へえ」
「意外?」
「勉強にしか興味が無いのかと思ってたから」
確かに勉強は楽しいけれど、「演劇は気楽なんだよ」
頭に疑問符を浮かべる彼女。
「演技だって分かってれば、全く好きでもない女子とキスだってセックスだって出来る。気がする」
「そんなに、人の好意が怖いのね」
「好意が怖いっていうか、決め付けられるのが好きじゃないんだと思う」
「というと?」
昼休みは、終わりに差し掛かっている。何と言えばいいのだろう。「こういうあなたが好きです、って告白して、思ってたのと違う、って振られ続けて来たから」
未知の生物でも見るような目だ。確かに、こんな経験をするのは珍しいのかもしれない。
「そういう君はどうなのさ。モテそうだけど」
告白されたことは何度もあるけれど、と前置きした上で緋色は言い切った。
「全部振ったわ。興味ないもの」
涼やかな秋風が、二人の間をすり抜けた。いっそこれくらい振り切ってしまえたら、楽なのにな。
「演劇部って、新入部員募集してる?」
「してるけど、興味あるの?部員が少ないから、歓迎するよ」

この演劇部は、地区大会も通過しないような弱小だ。先ず部員が少ない上に、あまりやる気が無い。顧問は滅多に来ないし。たまに気紛れで、ネットから引っ張って来た脚本を元に芝居をするだけ。
「天鬼緋色です。宜しく」
この人が部長の幸太郎で、この人が副部長の夏目、と部員を紹介する。僕は平だ。下級生も上級生もいない。
「こちらこそ、宜しく」幸太郎が明るい笑みで答えた。
「ふーん、どうも」夏目も読んでいた文庫本を置いて、緋色と握手を交わした。
夏目翠(なつめみどり)。謎の多い部員だ。基本的に幽霊部員なのだが、たまにこうして部室に来ては本を読んでいる。彼女が演劇に参加している所を見たことがない。
「十一月に一応、文化祭で劇をやるんだけど、新入部員だし参加は任意だから」
と伝えると、緋色はコクリと頷いた。今は十月の初め。文化祭まであと一ヶ月。