「よっ!体調は大丈夫か?」
平気だよ、と返して席に着く。時は九月一日。朝のショートホームルームだ。
あの肝試しの日、あまりにも帰りが遅い僕を心配して、幸太郎が様子を見に来た。倒れているところを発見され、背負われて病院まで運ばれたらしい。
医者に向かって、「吸血鬼に血を吸われた」と言っても信じて貰えないだろうから、僕は貧血で倒れたことにした。
教室に先生が入って来た。例の社会科教師だ。このクラスの担任もやっている。
「転校生を紹介する」
突然の報告に教室はざわめいた。男子は「可愛い子かな」、女子は「格好いい人かな」と、口々に噂している。
ドアを開けて入って来たのは、帰国子女ふうの少女。身長はやや小柄だが、その歩調は凛としている。腰までかかる、流れるような金髪と、燃えるように赤い目。物語の登場人物みたいだ。
カツカツ、とチョークの音が教室に響く。
「天鬼緋色と言います。宜しく」
瞬間、彼女と目が合う。なぜだろう。どこかで会ったような......
「まあ、そういうわけだから。お前らも、仲良くしてやってくれ」
担任が締めて、ショートは終わった。
不思議な子だな、と思っていると目の前に人影。彼女だ。「ちょっといい?」
転校生に声を掛けられ、僕は教室の視線を一気に集める。「いいよ」
教室から逃げるようにして、屋上にやって来た。背中が振り向く。
「ここには誰もいないわよね?」何の確認だろうか。「いないと思うけど」
言うが早いか、彼女は僕の左肩の、制服を剥がした。「!何して」
そこには二つの穴がある。僕が血を吸われた時にできたものだ。
「やっぱり、あなただったのね」「君は、吸血鬼?」「そう。吸血鬼」「僕に何の用?」
彼女は良心的な?吸血鬼らしく、吸血以外の怪我が無かったか、とか後遺症は残っていないか、とか聞いて来た。大きな怪我は無いし、後遺症も無いと答えると、「そう。それだけ確認したかったの。何も無いなら良かった」と言って立ち去ろうとする
「あと、私が吸血鬼だってことは、秘密にしてくれるかな?」
それは勿論、と返事をした。屋上のドアを開けた彼女を、僕の声が引き留めた。
「血、吸ってもいいよ」「え?」
僕は何を言っているんだ。「だって、困ってたんでしょ」
それはそうだけど、と珍しく煮え切らない彼女に、僕が畳み掛ける。
「他の人の血を吸っちゃったら、大変だから。僕だけにしときなよ」

かく言う訳で、僕と彼女の奇妙な新習慣が出来た。一ヶ月に一回、彼女が僕の血を吸うというものだ。
「何で、あんなこと言ったんだろうな......」
可愛かったから?いや確かに可愛いけど、僕はそういうのに興味ないし。
「ぼーっとしてどうした?」
幸太郎に声を掛けられる。物思いに耽っていたので、椅子の上で軽く飛び跳ねた。「驚かせないでくれよ」幸太郎は「別に驚かそうとしてないけどな」、と言って机の前に回った。
「で、あの転校生とはどうだった?」
ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべて、幸太郎が聞いた。「告白じゃないか、って学校中で噂になってるぞ」
今は昼休みだ。あれから数時間しか経っていないのに、もう噂が回ったのか。
「別に、そういうんじゃないよ」
じゃあどういう話だったんだよ、と肘で小突かれる。これから仲良くしましょうねって言われたんだよ、と雑に返した。彼女が吸血鬼だということは、あの約束が無くても誰にも言えない。言ったところで、信じる人は稀だろう。

その日は、あまり授業に集中出来なかった。あんな提案をした理由が、分からなくて。
勉強くらいしかやる事が無い僕にとって、致命的な事態だ。勉強は、やればやった分だけ結果が出る。そこに顔は関係無い。だから好きだった。
僕がこれから関わって行くのは、吸血鬼。人付き合いですら苦手なのに、やって行けるだろうか。
授業中に見える彼女の横顔は、どこか物憂げながらもやはり、凛としていた。