緋色と一緒に行った初詣は、久しぶりに楽しかった。家族以外の人と初詣を共にすることになるとは、思ってもみなかった。幸太郎とも、休日に出かけることは無かったくらいだ。
どこで知り合ったのか、父さんは緋色の母親とよく会っているらしい。不安定になっていたので、話ができる家族以外の人がいるのは、良い事だと思う。
今日は一月二十日。始業式だ。やる気の無い演劇部も始まる。これからは特に公演も無いので、またダラダラするだけの部活に戻るだろう。
退屈な始業式とホームルームを終え、緋色と話していると、幸太郎に声を掛けられた。
「瑠璃、ちょっと話ある」
幸太郎に名前を呼ばれるのは、久しぶりな気がする。いつものおちゃらけた雰囲気でもない。「ああ、行くよ」
天鬼との関係が始まったのも、ここだった。
「俺は」
「言っちゃって良いの?」彼の愛が友人に向けるそれとは違う事に、なんとなく気付いていた。
「今まで通りの関係ではいられなくなるかもよ」
かも、というか確実に、友好関係は破綻するだろう。幸太郎が友人を演じてくれたから、僕たちは友達でいられた。
「それでも構わない。俺は、瑠璃が好きだった。友達じゃなくて、恋愛対象として」
「ごめん」
「天鬼か?」
「そうだよ」
「そうか」
告白を終えた後、彼はそそくさと屋上から居なくなってしまった。
声が震えているのを感じた。それでも、幸太郎は言ったんだ。

部室では、幸太郎と夏目が話していた。なんだか入りにくい。
「どうする?」迷う僕を尻目に、緋色は扉を開けた。
「お邪魔しました」流石の緋色も、告白の現場は遠慮するようだ。

夏目に『愛の杭』のことを聞いて、部室を後にした。帰り道では、何も話さなかった。話せなかった。雲一つ無かった空には雨雲が見え始め、僕らに重くのしかかる。
緋色が家に来るのは、これで三度目だ。「お邪魔します」
一階のリビングでは、父さんと緋色の母親が話をしている。家にまで来る仲になったらしい。父さんはこちらには目もくれず、何やら語っている。
階段を上り、ドアを開ける。もうバレているから、閉める必要はない。
「血、吸ってもいい?」
「どうして?」
「成功してもしなくても、これが最後になるから」
確かに。緋色が僕を愛していれば、彼女は吸血鬼ではなくなる。どこかで僕への不信が残っていれば、死んで朝には灰と化す。どちらにせよ、吸血はこれが最後だ。
「いいよ」
左肩ばかりだったので、右肩をはだける。緋色がその牙を剥き出して、僕の肩に突き刺す。
「んぅ......」
痛みに喘ぐ声は、牙から注がれる催涙成分で嬌声に変わった。こんなあられもない声を聞かせられるのは、緋色にだけだ。
「っぷはぁ」
牙が抜かれた。吸血してすぐなので、緋色は目がトロンとしている。たぶん僕も、そんな目をしているのだろう。
「じゃあ、やるよ」スクールバッグから杭を取り出す。以前、緋色に貰ったものだ。
「うん」
今度は緋色が服をはだけた。心臓の位置に刺す必要があるので、しょうがない。
手が震えている。怖いなぁ、これは。緋色の母親はこれを乗り越えたのか。素直に、凄いと思った。
緋色の手が、冷や汗をかく僕の頬に触れた。「やりたくなかったら、やらなくていいよ。瑠璃と会えなくなるのは嫌だけど、瑠璃のやりたくないことをやらせる方が、もっと嫌だから」
緋色は優しい。僕はずっとその優しさに甘えて来た。あの時、屋上で緋色を呼び止めたのも、寂しさを彼女で紛らわすためだったのかもしれない。でも、今だけは、甘えちゃいけない。
「怖いけど、やるよ。僕はここで杭を刺さなかったら、一生後悔する。」
浅い呼吸を自覚して、ゆっくりと深く息を吐いた。杭の先端が肌を捉える。
「うおおおぉぉぉぉ!」杭が心臓を貫いたのが分かった。そしてドクドク拍を打つ心臓は、動くのをやめた。緋色の目からは、光が消えている。