遊園地からの帰り道、幸太郎に愚痴を聞かされた。
人の多い電車内、ヒソヒソ声で話す。
「クジ引き」
それだけ言って彼は私を睨め付ける。
「君にやめろって言っても、やめないでしょ?だから土壇場で変えたの」
「どういうことだ?」
横に間延びした目は不満げだ。
「あの状態で二人を密室に閉じ込めて、事態が好転したと思う?」
「......思わない」
「あえて二人を別々のペアにしたってこと」
「お前、単純に興味もあっただろ」
私は目を逸らしながら言う。「それもある」
「それ『も』、って......『が』、じゃないのか?」
「いや、これは私の優しさ」
「どこが」
「本当は君と乗りたかったのに、君の考えを尊重してやったんだよ」
言ってしまった。「お前、よくそう小っ恥ずかしいこと平気で言えるな......」
彼は下を向いている。顔が赤いのを見せないためかもしれない。多分私の顔も、赤い。
電車を降りて、ひと気のない路地に出た。街灯も少なく、とても暗い。
なんとなく恥ずかしくて、二人無言で歩いていた。「え」彼が噛み付かれた。噛み付かれた?吸血鬼だ。目に光がない、理性を失った鬼。
私は吸血鬼に噛み付いた。その血を全部吸ってしまえば、動けなくなる。
吸血鬼の牙が抜かれた。この血は、不味い。
干からびた吸血鬼を、その辺に投げ捨てた。「これ、大丈夫なのか?」
「朝になれば灰と化すから、死体は残らないよ」
「そうじゃなくて、お前、顔色が」
あ、これダメなやつだ。野良と言っても、独眼に吸血鬼の血は毒だねぇ。「これも優しさ」
そのまま私は、コンクリートに倒れて意識を失った。

ピ、ピ、と音が聞こえる。明るい天井。仰向けになって、ベッドに寝かされている。ここは病院らしい。
目を開けて左を見ると、幸太郎の顔。その後ろに瑠璃くんと天鬼さんもいる。
「やっと目が覚めたか」幸太郎は安堵を顔に浮かべた。
「僕の血を吸う?」瑠璃くんが冗談めかして言った。
「冗談でも、そういうことは言わないで」天鬼さんが宥める。
「いきなり血を吸われて、よく冷静で居られたね。凄いよ」
「お前が誰かを褒めるなんて、槍でも降るんじゃないのか?」
「失礼な。私もたまには素直になるよ」
「っていうか、俺が冷静だったのは、お前が心配だっただけ。正直、訳が分らなかったけど、お前をどうやって逃がそうとか考えてたら、不思議と落ち着いた。結局、助けられたのは俺の方だったけどな」
「あの......僕たちが居る必要ある?」瑠璃くんが遠慮がちに言った。
「無いね。ごめん、呼んじゃって」
「いや呼んだのは俺だ」
「心配だったから、無事なことだけ知れて良かったよ」そう言った瑠璃くんを、隣の赤い目がジッと見ている。瑠璃くんはたまに、結構、鈍感だ。
「今日はありがとね。見舞いに来てくれて。回復は早いから、心配しないで」
私は結構、この性格の割に恵まれてるのかもしれない。
昼の冬空は、雲一つ無い晴天だった。