「ったく、どうしてこうも最近は景気が良いのよ。ロクに死体も見つからない。」
活動を抑えれば、一ヶ月に一人の吸血で事足りるのだが、流石に三ヶ月は初めてだ。
飢えで穴が空きそうな腹を抱えて、月を見上げる。そこだけ屋根が落ちているので、見えるのだ。
この廃屋は自殺の名所で、頻繁に人が首を吊っていた。しかし最近では好景気のせいか、自殺者が減っている。
天鬼緋色(あまきひいろ)は迷っていた。
「生きてる人の血、吸っちゃおうかな......いや、ママにダメって言われてるしなぁ......」
そもそも人間が手に入らない。街中でいきなり噛み付く訳にもいかないし。
腰までかかる金髪に赤い目。ただでさえ目立つ少女が首に噛み付いたら、大騒ぎだ。
それに吸血鬼と言っても空が飛べるとか、姿を消せるとか、そういう特殊な能力は無い。強いて言えば怪我の治りが人より早いのと、力が強いくらいだ。
--ギシ。玄関の方から聞こえた。年季の入ったフローリングが軋む音。
こっちに来る。
事実、自殺の名所であるだけに、都市伝説的な噂が多い。今回も肝試しの類だろう。
部屋の奥にあるクローゼットに入って、内側から鍵を締める。人が来た時には、こうやって対処してきた。
クローゼットは木製で、上半分がすだれのようになっているので、向こうから中の様子が見えない。こちらから向こうが見えるようになっている。
ドアが開いた。部屋に入ってきた少年の目は、宝石のような青だった。艶やかな黒髪と相まって、目鼻立ちが整った顔を引き立てている。
「......シイ。血が、欲しい。」
言って驚く。あまりの空腹に、おかしくなったのかもしれない。
声に気付いたのか、彼はこちらに歩を進めている。まずい。いや、大丈夫。この鍵を開けなければ、彼はここには来れない。
彼がクローゼットの目前まで迫る。胸を撫で下ろすような仕草が見えた。どうやら、誰もいないと思って安堵したらしい。
そうそう。そのまま帰って。ーーえ?
私の手は、鍵を、開けたいた。