田中くんが怒っている所を、初めて見た。いつも明るく温厚だから、そのストレスに気付けなかったんだ。
彼の「好き」は多分、友愛とは別物。それを告白してまで、私を激励してくれた。確かに私は、瑠璃に拒絶されるのが怖いのかもしれない。でも。
いつまでも一人でウジウジ悩んでちゃ、何も始まらない。
「ちょっと話があるんだけど」
瑠璃と教室で、初めて会った時のことを思い出す。あの時も、こんな風に声をかけた。
彼は少しだけ下を向いてから、私に向き直って言った。「僕も、話がある」
「邪魔者はここらでオサラバするわ〜」田中くんの声。
帰りの電車には、田中くんと夏目さんはいなかった。

二階建ての一軒家。瑠璃の家だ。ここに来るのは二ヶ月振りになる。
「お邪魔します」
「父さんはまだ帰ってないよ」
つまり、家に二人きり。前よりも緊張する。どうしてだろう。
階段を上り、瑠璃の部屋に入った。小さな円卓越しに、瑠璃が私の正面に座る。
「どうして、僕を避けるの?」
「話せないことがあって」下を向いてしまう。いつもなら目を見て話せるのに。
「それは、僕にも話せないこと?」
「いや、違う。と思う。話したくないだけだった」
それから、生者の血を吸うと理性を失うこと、人間になるには『愛の杭』を探す必要があることを話した。
「何で、それを話したくなかったの?」
「話したら、瑠璃が血を吸わせなくなるんじゃないかと思って」
「そんなことはしない。でも、このまま続けると緋色は、緋色じゃないものになるんでしょう?」
「生き血を求めるだけの、鬼になる」
瑠璃の両手が優しく私の頬を抱え、持ち上げた。瑠璃の青い目が見える。
「それは嫌なんだ。僕は、どうすればいい」
「分からない。『愛の杭』を探すしか......」
瑠璃は顎に手を当て、少し下を向いてから、一言二言呟いた。「愛の杭、愛の、、どこかで見たような、、あれだ!」
「知ってるの?」
「夏目の読んでる本が、そんな名前だった。観覧車の中で落ちた時、カバーが外れて、見えたんだ」
「夏目さんが」
そう言えば彼女は、文化祭で瑠璃の血を舐めた。もしかしたら彼女は、吸血鬼なのかもしれない。
「明日、部活で聞いてみよう」
「うん」
ぐぅぅぅ。お腹の鳴る音が部屋に響いた。
「血、吸ってもいい?」
「今はこうするしかないからね」
瑠璃が服をはだけ、その白い左肩を露わにする。二ヶ月前の吸血痕が、まだ残っていた。
彼の細い体を強く抱いて、滑らかな肌に牙を立てる。これは、ただの吸血だから、何もやましいことなんかじゃない。そう自分に言い聞かせて、甘美な蜜を啜った。
瑠璃が悪いんだからね?血が減って見るからに弱っても、「大丈夫」なんて強がるから。
瑠璃はどこまでなら、許してくれるんだろう。彼が強がると、もっと深く牙を立てたくなる。
トントンと肩を叩かれて、牙を抜いた。いつの間にかドアが開いている。
「瑠璃、ドア開けた?」
「いや、開けてない。最初から閉めてなかったと思うよ」
そっか。この部屋に最後に入った私が、閉めたと記憶していたが、記憶違いかもしれない。
「それじゃあ、また」
「気をつけて帰ってね」
名残惜しく、瑠璃家を後にする。これでまた、瑠璃と一緒に過ごせる。
すっかり日が落ちたクリスマスイブの空には、雪が降り始めていた。