11月末日。遂にこの日がやって来た。舞台を隠していた幕が、今上がる。

「ああ、ロミオ」天鬼さんの台詞だ。
「ああ、ジュリエット」瑠璃くん、中々の棒読み。
夏目翠は大人しく舞台裏で出番を待っている、、、段取りなのだが、無視して舞台に上がる。幸太郎が静止して来る手を振り払って。瑠璃くん、天鬼さん、二人はどんな顔を見せてくれるんだろう。

幸太郎にも隠していたお楽しみとは、このアドリブのことだ。私が模擬刀とすり替えておいた本物の剣を、ジュリエットに向ける。単純に、二人の反応に興味があった。動機はそれだけだ。
「どういうつもりですか?」二階からこちらを見下ろす赤い目が動いた。突然の出来事に、敬語になっている。
「この剣は切れるんだけど、ジュリエットはどうする?」
瑠璃くん、もといロミオを人質に取って、ピエロらしくニヤニヤ笑った。
ロミオはあまりのアドリブに、言葉を失っている。彼の首に刃を当てると、血が滴る。それを舐め取った。
観客席が騒然としている。「これ劇だよね?」まあ驚くのも無理は無い。あらすじにはこんな展開、書いてないのだから。
私が血を舐め取ると、文字通りジュリエットは目の色を変えた。ルビーのような赤を持つ目はより一層鮮やかになって、充血している。二階から飛び降りた。足が痛そうだ。
「ロミオを離して」
ここで「瑠璃」にならないのは流石だ。彼女は切れない剣を私に向けている。
「おっと、それ以上近付いたらどうなるか、分かってるよな?」
悪役よろしくおどけて見せる。刃がまた少し深く食い込み、ロミオの首を傷付けた。
ジュリエットの腕が動く。線。あまりに速い動きを、目で捉えることができなかった。これでも独眼の吸血鬼だから、動体視力には自信があるんだけどな。
いつの間にか軽く払われ、舞台に刺さっている剣を眺める。これで私は丸腰だ。暗器も持ってない。もう少しだけ粘ってみる。ロミオの首に右腕を回し、締め上げた。右手の平を左腕に乗せ、左手の平で彼の後頭部を支える。こうすれば、後は自動的に締まっていく。
またもや動きが一瞬で、捉えきれなかった。ジュリエットはロミオの右手首に噛み付いた。
吸血鬼は血を吸った後に、少しだけ強くなる。ジュリエットは戦うつもりらしい。にしても、ここで吸うのか。予想外だ。彼女は瑠璃くんのことになると面白い。
余計なことを考えている内に、背後へ回られていた。彼女の左手で私の右手首を掴まれ、軽く関節を極められる。次いで左手を右手で掴まれ、気付けば私の両手首は、後ろで交差している。どこからか出て来た縄を使って、ピエロは拘束された。
視点が低い。うつ伏せで拘束されているのだから、しょうがないか。何とか顔を持ち上げて二人を見る。
ジュリエットが吸血されてヘタっているロミオを抱いて、二階に上がる。お姫様抱っこだ。最後にジュリエットは、観客に見せつけるように長いキスをして、舞台の上映時間は終わった。幕が降りて来る。

拘束は幸太郎に解いて貰った。彼は呆れたような目をしている。しょうがないじゃん、やりたくなっちゃうんだから。
幕が再び上がり、何度か礼をして、舞台を後にした。観客はまだ混乱を隠せない様子だったが、ハッピーエンド?だったのでとりあえず拍手してくれる。

私も格闘術には、ある程度の自信があった。格闘というか、吸血鬼は速いのだ。だから筋肉量の少ない非力な私でも、そこそこの戦闘力を持っている。
天鬼さんのスピードは、私を遥かに上回っていた。確かに運動は得意なようだけれど、あそこまで速くなるのか。愛の力は凄い。彼女が怒った顔を、初めて見たかもしれない。
ああ、面白かった。