「ただいま〜！」
緋色の元気な声が聞こえる。楽しそうで何よりだ、と天鬼桜白(あまきおしろ)は思った。
一人娘には友達ができたらしく、最近ではその子の話題で持ちきりだ。
今までは引っ越しが多い上に、吸血鬼という難儀な性質を抱えているので、友達ができなかった。心を許せる友達ができたのなら、親としては一安心。
「瑠璃くん、だっけ？」
いつも昼ご飯を一緒に食べているとか。それはもう恋人ではないか、と言いたくなるのを堪える。吸血鬼にとって恋愛は、一大事だ。

吸血は快楽を伴う。その行為は吸血鬼が生きる上で必要不可欠だし、死体の血を吸っている内は問題無い。
だが異性交際を始めると、恋人の血を吸いたくなるのだ。性衝動に近いかもしれない。そして生者の血を吸えば理性を失っていく。瑠璃くんという人が吸血鬼である保証は無い。
私の場合は良かった。相手も偶然、吸血鬼だったから。その恋の結末を思うと、良かった、とは言えないかもしれないが。

私が彼と付き合い始めた時、既に彼は腐っていない血の味を知っていた。
吸血鬼の伝承を片っ端から調べ上げ、唯一の対処法があることを知った。それは、『愛の杭』と呼ばれている。
やることは単純。理性を失いかけた吸血鬼に、その愛する人が杭を刺すだけだ。吸血鬼が杭を刺す人を愛していれば、心から信頼していれば、めでたしめでたし。吸血鬼ではなくなり、血を欲する衝動も失せる。
もう会話も覚束なくなっていた夫に、杭を刺した。彼は痛そうに呻き声を上げて、動かなくなった。
その時には既に理性を失っていて、遅すぎたのか。若しくは、彼が私を愛していなかったということか。
朝日が昇るまで、静かに涙を落とし続けた。周囲が明るくなって来た頃、彼が灰になっていることに気付いた。そっか。吸血鬼って死んだら、灰になるんだった。
それからはもう誰とも恋をしていない。愛されることが、愛しているのに愛されないことが、怖いのかもしれない。
娘にも同じ結末が待っているのだろうか。いや娘は吸血鬼だから、辛いのは瑠璃くんの方かな。
愛の杭が残酷なのは、失敗した時、残された者に一生消えない十字架を背負わせるところだ。『お前が愛した者は、お前を愛していなかった』という十字架だ。
考えるのが辛くて、目を、閉じた。