「明日から夏休みだけど、校外学習もあるから、皆ちゃんと生活リズムはキープしたままでいてね。それと雨が強くなってきたから、早く帰ること。明日から夏休みだからって浮かれないで!」
終業式も終わり、とうとう帰りのホームルームも終わった。
安堂先生が幼稚園児や小学生を相手にするかのようにクラスのみんなに話しかけている。先生は私たちを子ども扱いする割に、河野由夏の「えー席替え? だるーい」という一言に屈し、席替えをする気配はなく、とうとう夏休みを迎えようとしていた。
一方でクラスの男子たち……オタクグループや、自分が顧問を務める吹奏楽部の女子たちには比較的先生らしい姿を見せている。河野由夏たちはそれでいいのだろうが、ほかの生徒はたまったものじゃなく、この間女子トイレで悪口を言われているのを聞いた。
夏休み、清水照道らに会わなくて済むのも嬉しいけど、安堂先生に会わなくて済むのも嬉しいと思う。
そんなことを思いながら教室を出て、階段を下りていく。そして下駄箱近くの傘立てから自分の傘を取ろうとして、動きが止まった。
傘が、ない。
立ち止まる私を押しのけるように、同じクラスや他のクラスの人間たちが、どんどん自分の傘をそこから抜き取っていく。束になった傘たちはどんどん減っていき、探しやすくなるというのに私の傘だけがどこにも見当たらない。
嫌がらせ……?
ふいに昔の記憶がよみがえった。土砂降りの日に、傘を目の前で折られて、昇降口の外に押され、地面に向かって突き飛ばされる。泥でぐちゃぐちゃになって重たくなった制服、鼻につく土臭さ。頭が真っ白になって、どう立ち上がっていいかすら分からなくなったあの光景が、目の前にあるかのような錯覚を受ける。動けないでいると、後ろから湧いて出てくる騒ぎ声にはっとした。
朝は、きちんと傘をさしてきた。
だから忘れたなんてことはないし、探しやすいように一番端の、奥まったところに差し込んでいたはずだ。ビニール傘ではあるけれど、誰かと間違えることがないために、赤のビニールテープで二重のラインを引いている。
その傘をさしている時、誰かと会った覚えもない。
私がどんな傘を持っているかを、嫌がらせをしてきそうな奴らは知らないはずだ。嫌がらせを受けたのではなく、盗られた可能性が高い。ビニール傘だし、好み関係なく盗んでいける傘だ。
現に傘立ての横を見ると、バキバキにへし折られ意味を成さないような真っ黒な傘が捨て置かれている。
この傘の主が、適当に傘を抜き取っていき、その傘の持ち主が私であったということかもしれない。
傘立てから離れ、柱に隠れるように立ってから、大丈夫だと言い聞かせるように左腕を握りしめる。
外を見ると、ただでさえ大粒で、強めに降っていた雨は完全に豪雨と化し、雷を伴って霧を起こしそうなほど叩きつけるように降っていた。生徒たちはぞくぞくと傘を差して雨の中へと身を潜めていくけど、その姿が少しすれば完全に見えなくなるほどの強い雨だ。
ずぶ濡れで帰ることにも慣れている。
霧雨程度なら帰ってしまうけれど、この雨じゃ無理だ。それに前にずぶ濡れで帰ったときは晴れていた。それ以上濡れることはなかったけど、今は絶え間なく雨が降っている。
先生に言えば、傘を貸してくれるのだろうか。
でも、きっと借りるときに、クラスと番号を名乗ることになる。傘を借りたいと話さなくちゃいけない。
終業式も終わり、とうとう帰りのホームルームも終わった。
安堂先生が幼稚園児や小学生を相手にするかのようにクラスのみんなに話しかけている。先生は私たちを子ども扱いする割に、河野由夏の「えー席替え? だるーい」という一言に屈し、席替えをする気配はなく、とうとう夏休みを迎えようとしていた。
一方でクラスの男子たち……オタクグループや、自分が顧問を務める吹奏楽部の女子たちには比較的先生らしい姿を見せている。河野由夏たちはそれでいいのだろうが、ほかの生徒はたまったものじゃなく、この間女子トイレで悪口を言われているのを聞いた。
夏休み、清水照道らに会わなくて済むのも嬉しいけど、安堂先生に会わなくて済むのも嬉しいと思う。
そんなことを思いながら教室を出て、階段を下りていく。そして下駄箱近くの傘立てから自分の傘を取ろうとして、動きが止まった。
傘が、ない。
立ち止まる私を押しのけるように、同じクラスや他のクラスの人間たちが、どんどん自分の傘をそこから抜き取っていく。束になった傘たちはどんどん減っていき、探しやすくなるというのに私の傘だけがどこにも見当たらない。
嫌がらせ……?
ふいに昔の記憶がよみがえった。土砂降りの日に、傘を目の前で折られて、昇降口の外に押され、地面に向かって突き飛ばされる。泥でぐちゃぐちゃになって重たくなった制服、鼻につく土臭さ。頭が真っ白になって、どう立ち上がっていいかすら分からなくなったあの光景が、目の前にあるかのような錯覚を受ける。動けないでいると、後ろから湧いて出てくる騒ぎ声にはっとした。
朝は、きちんと傘をさしてきた。
だから忘れたなんてことはないし、探しやすいように一番端の、奥まったところに差し込んでいたはずだ。ビニール傘ではあるけれど、誰かと間違えることがないために、赤のビニールテープで二重のラインを引いている。
その傘をさしている時、誰かと会った覚えもない。
私がどんな傘を持っているかを、嫌がらせをしてきそうな奴らは知らないはずだ。嫌がらせを受けたのではなく、盗られた可能性が高い。ビニール傘だし、好み関係なく盗んでいける傘だ。
現に傘立ての横を見ると、バキバキにへし折られ意味を成さないような真っ黒な傘が捨て置かれている。
この傘の主が、適当に傘を抜き取っていき、その傘の持ち主が私であったということかもしれない。
傘立てから離れ、柱に隠れるように立ってから、大丈夫だと言い聞かせるように左腕を握りしめる。
外を見ると、ただでさえ大粒で、強めに降っていた雨は完全に豪雨と化し、雷を伴って霧を起こしそうなほど叩きつけるように降っていた。生徒たちはぞくぞくと傘を差して雨の中へと身を潜めていくけど、その姿が少しすれば完全に見えなくなるほどの強い雨だ。
ずぶ濡れで帰ることにも慣れている。
霧雨程度なら帰ってしまうけれど、この雨じゃ無理だ。それに前にずぶ濡れで帰ったときは晴れていた。それ以上濡れることはなかったけど、今は絶え間なく雨が降っている。
先生に言えば、傘を貸してくれるのだろうか。
でも、きっと借りるときに、クラスと番号を名乗ることになる。傘を借りたいと話さなくちゃいけない。