Girls be ambitious! SEASON2


 かいつまんで話しますが、と清正は、

「教育指導要項というのは、子どものありとあらゆる権利を守るために定められたもので、これが公立私学問わず日本の教育の基本となっています」

 さらに、と続ける。

「これには子どもの主権を認め、出来る限り保護者は子どもの主張や権利を尊重しなくてはならないとされてあります」

「だから何と?」

「今村さん、あなたは英美里さんの主張や権利を尊重していますか?」

 母親は言葉に詰まった。

「うちの学校には外国からの留学生もいます。仮にその留学生の母国政府から、日本では子どもの権利を守れない親と学校があると指摘されたら、あなたはその問題の責めを負えますか?」

 理詰めで平静ながら、完膚なきまでに叩きのめすような物言いをした。


 結局、英美里は無事にアイドル部にも学校にも残れた。

「先生、ありがとうございます!」

 英美里が深々とお辞儀をした。

「まぁワイはワイなりに言うただけやけどな」

 いつもの飄々とした清正に戻っていた。

 しかしこれが英美里を変えた。

「私、弁護士になる!」

 次々と知識を楯に、英美里を守ろうとする清正の姿勢を見て、意識が変わったらしかった。

 そうなると英美里は行動が早かった。

 図書館から六法全書の解説書を借りて読み始めたのである。

「武器がなければ見つければいいんだって、先生が示してくれたような気がする」

 英美里は目覚めたようであった。


 この英美里の変化は、結論から言うとさくらや薫の意識も変えることとなった。

「武器を身につける」

 かねがね清正が是としていた方針である。

「かわいいだけではダメで、これからは強くなければアカン」

 確かにデビューしたメンバーに言える共通項は、かわいいだけではない何かがある──ということであった。 

 藤子には文学、すみれには歌唱力、雪穂は演技力がある。

 その点みな穂は「私には何もないよ」と言いつつ、実は知識に裏打ちされたリーダーシップがある。

 力がないと、アイドル部では生き残れない。

 アニメ好きな優子がコスプレを隠さなくなったのも、英美里の件の影響のあらわれかも知れない。


 優子のコスプレはいわゆるキャラクターのコスプレではなく、

「ゴシックロリータ」

 と呼ばれるタイプのもので、

「ほじゃけ広島に店なかったときなんかは、生地から買うてミシンで縫っとったけぇ、簡単なワンピースぐらいやったら、週末でこさえられるんよ」

 それでレースつきのワンピを、翔子なんぞは作ってもらったこともあった。

「他の子が着とるのと同じやったら、つまらんけぇねぇ」

 そういう優子は制服でも、

「許されとる範囲はみんなレースつけた」

 確かに羽織るためのカーディガンや冬場のコート、あるいは教科書を入れるためのリュックサックなど、許されている範疇の物はだいたいレースが縁取られてあって、しかも上品に白で統一されてある。

「レースはロールで買うとる」

 まるで業者ではないか。


 しかしそれなりの苦労もあって、

「白は手入れしとかんとすぐ汚れよるし、しかもあんまりレースつけ過ぎたら、クドくなって下品になるんよ」

 たまにツインテールにするシュシュも、レースとリボンで品よくまとめてある。

 雪の日だけ許されている帽子も、ニットで編まれた白のつば付きに白い椿の造花を控えめにつけ、

「白に白なら目立たんし、むしろ上品でえぇ」

 童顔の広島弁でのんびり話す優子のキャラクターは、

「郷原優子は俺の嫁」

 というハッシュタグが出来るほどの人気となった。

 しかし。

 英美里の件は優子も気にしていたらしく、

「うちも田舎からはえっと(かなり)()いぃけぇ、多分うちのパパママも心配しよる思うん」

 新千歳から飛行機で行けば、その日のうちに帰れるのだが、

「ほじゃけぇ、心配されんでも済むようにしっかりしないけんって」

 英美里は実家まだ道内じゃけ、と優子はなぐさめるように言った。


 二年生が修学旅行から戻ると、代替わりのくじ引きがある。

「みな穂先輩、ブチ強かったけぇね」

 優子に言わせると、そんなところである。

「うちら谷間の年代じゃけぇ、ダーリャが当たり引いたらえぇんと違うかなぁ」

「優ちゃんがいうと、その通りになるからやめて」

 優子が何気なく言ったことは、得てしてその通りになることがある。

 今年は優子から引き始めた。

「スカじゃ」

 言い回しが面白かったのか、ひかるが悶絶するほど笑い転げた。

 その後さくら、ひかる、翔子、香織、るなとハズレが続いた。


 七番目の英美里の番である。

「…っ! ん?!」

「当たり出た」

 隣のだりあが目を丸くした。

 薫とひまりは胸を撫で下ろした。

「じゃあ、英美里が次の部長ね」

 四代目の部長である。

 副部長は、優子が引いた。

「うちみたいなゴスロリ娘が副部長なったら、アイドル部のイメージが…」

「大丈夫、優ちゃんは明るいから」

 みな穂は微笑んだ。


 みな穂はこのとき進路を明快にしていたらしく、

「通信制の大学に行きながら仕事をする」

 という方向性を固めていた。

「ほら、うち避難民だからお金ないし。学費だけじゃなく、生活費も稼がなきゃいけないしさ」

 あやめにだけ、本心を明かした。

「英美里は少し悩みを抱え込むとこがあるけど、あの明るい優ちゃんがいるから不安はない」

 優子はひなた人間で、

「米食うて気張りゃあ何とかなるけぇ」

 というのが口癖でもある。

「ああいう子がいて良かった」

 やたらと途方も途轍もなく長かった二年であったが、

「これで、ちょっとはリラックス出来るかなぁ」

 藤子ちゃんやったよ、とみな穂は小さく独り言をささやいた。

 
 新部長の英美里は、特別何かが図抜けていた訳ではなかった。

 ダンスもボーカルも至って普通で、

「優ちゃんみたいにキャラはっきりしてないし…」

 たまにポロッと函館弁が出る程度である。

 しかし。

 英美里はほとんど人をけなさない。

「自分は普通の中の普通だから」

 ひまりやるなのようにボーカルが上手い訳でも、薫やさくらのようにダンスが上手い訳でもない。

 ひかるのように機械に強くもない。

 だりあほど面白くもない。

 翔子や優子のように方言を武器に出来てもいない。