体育祭のあと、二年生のメンバーが修学旅行へ出発した。
新千歳空港から飛行機で関西空港、そこからはまず奈良に入り東大寺や春日大社、薬師寺を見学。
大阪で一泊してからは京都で自由行動となり、夕方の新幹線で京都から新横浜へ。
横浜スタジアムそばのホテルでさらに一泊し、横浜で自由行動のあと新宿駅そばのホテルで一泊、最終日は半日ばかり土産物などを買う時間に充てられ、夕方の羽田空港で新千歳空港へ戻る…という旅程は昔から変わらない。
今では制服でライラック女学院と分かるので、修学旅行でなくても、行く先のあちこちでシャッター音がする。
「雪穂ちゃんがいたときは大変だった」
毎年担当するツアーガイドが話したのは、雪穂やすみれが参加した年のことである。
このとき二条城の駐車場で、
「有澤雪穂だ!」
声がするやいなや、たちまち百人近いギャラリーに取り囲まれてしまい、地元の警察署から、
「もう少し社会的影響力を考えて下さい」
とツアーガイドや担当教諭たちが説教を食らったエピソードが明かされた。
「それで私服OKになったんだ…」
去年からは、私服の持ち込みが許可されている。
このとき。
京都での自由行動で何人かの生徒から、
「藤子ちゃんを見た」
という話題があがった。
現在のライラック女学院の主な卒業生の欄には、
桜庭ののか(キャスター)
橘 すみれ(シンガーソングライター)
長内藤子(作家)
有澤雪穂(女優)
と名前が並んでいる。
その藤子を見た、という。
「藤子ちゃん、会ってみたかったなぁ」
るなやひまりは口々に言った。
「でも今のみな穂先輩って、その藤子ちゃんから後継者って言われた訳だから、何気にスゴい人なんだよね」
現役生から伝説扱いされている藤子の影響度の凄さが分かる噺ではある。
さらに横浜ではサプライズがあった。
「みなさんこんばんはー」
何と横浜のホテルでの夕食のとき、ののかがあらわれたのである。
「おめざジャポンの桜庭ののかだー!」
すっかり朝の顔となっているののかが登場したので、ホテルの広間は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
「OGの桜庭ののかです!」
するとののかはホイッスルを鳴らし、
「静かに!」
よく番組で、時間を巻いて話を止めるときの行動をした。
「あれ、テレビで見るやつだ!」
却って、逆効果であった。
このときひまりやるなの他、香織と英美里、優子が修学旅行に行っていたのだが、
「私たちの世代って、地味だよね」
割当てられていた部屋で英美里が言った。
今の三年生には、七月の例の記者会見で名を挙げたみな穂がいる。
その前の世代は、圧倒的な人気の雪穂と、今ではシンガーソングライターとなったすみれ。
その上は、伝説的な存在の藤子。
そしてその一つ上がののか。
「これだけすごい人がいると、私たち何したらいいんだろってなるよね…」
ある意味、プレッシャーではある。
英美里たちの一学年下は、だりあという次世代のエースがいる。
「ダーリャはあの可愛らしい顔で落語なんてリーサルウェポンがあるから、ちょっと勝てないよね」
るなが深く息を吐いた。
重たい空気が部屋を支配してゆくなか、
「いちばん売れそうなのは、ひまりかるなだけどさ」
香織が言った。
「あとは優子ね」
英美里は、秋から優子がラジオのレギュラー番組を広島で持つことを聞いている。
「私と英美里は…」
「コンビ組んでお笑いやる?」
「容易く言わないで」
香織は一笑に付した。
確かにファンの間では谷間の世代と呼ばれ、
「みな穂先輩に隠れてるけど、イリス先輩なんか海外公演したりしてるしさ」
カホンからパーカッションの世界に入ったあやめは、様々なアーティストと組んでツアーに行ったりする、その道では知られたパーカッショニストとなっていた。
「でもさ、イリス先輩みたいに努力したら、私たちも上に行けるかな?」
「…夢だけは持っとこ」
英美里は香織の頭を軽くポンと撫でた。
だけどさ、と英美里は、
「二年生の段階でスポットライト浴びてなかったら、芽はないような気もしなくはない」
小さくもらした。
因みに体育祭は土日を使って開催される。
その初日の昼休み、英美里や優子、香織の二年生メンバー三人が集まって弁当を使っていると、
「英美里!」
声に英美里が驚いたのも無理はない。
函館にいるはずの母親が、なぜかいるのである。
「アイドル部なんか辞めて、早く受験勉強しなさい!」
遊ばせるために札幌の私立に通わせている訳ではない、というようなことを、したたかに放言した。
「あなた、聞いたら主力メンバーじゃないっていうじゃない」
英美里には痛い箇所を衝いた。
このとき。
「いわゆる、モンスターペアレントっちゅうヤツじゃねぇ…」
優子が思いつくまま、ぬるま湯のような言い方をした。
が。
これがいけなかった。
余計に英美里の母親が逆上したらしく、
「ほら、お母さんまで恥かいたじゃない!!」
英美里の手首を掴んだ。
「離して! いいから離してってばっ!!」
これを事情の分からない一般生徒が誘拐と勘違いしたらしく、警察へ通報した。
体育祭の最中に警察が出張るなど前代未聞である。
結局は誤解もほぐれたのだが、
「とにかく連れて帰ります」
母親は一点張りで聞かない。
担任も説得し切れずに困じ果てたとき、東京での仕事から戻って来た清正を担任が見つけると、
「嶋先生、今村くんのお母さんがどうしても彼女を函館に連れて帰るって、聞かないんです」
泣きつくように走り寄ってきた。
折しも清正は東京での情報番組でコメントを求められた際、
「例えば高校野球やサッカーのように、スクールアイドルにも全日本連盟のようなものを創設すれば、子どもたちの夢が広がるのではないかと思ってまして」
と発言したばかりで、その物議も冷めやらぬ中での帰道である。
「通学が不可能なら、うちには通信制があるやないですか」
たった一言したたかに放言し、一瞬返す単語すら見つからず唖然としたが、
「…そういうことではありません!」
母親が言い返した。
「因みに今村さん、あなたの言動は教育指導要項に抵触していますからねぇ」
母親は顔色を失った。
かいつまんで話しますが、と清正は、
「教育指導要項というのは、子どものありとあらゆる権利を守るために定められたもので、これが公立私学問わず日本の教育の基本となっています」
さらに、と続ける。
「これには子どもの主権を認め、出来る限り保護者は子どもの主張や権利を尊重しなくてはならないとされてあります」
「だから何と?」
「今村さん、あなたは英美里さんの主張や権利を尊重していますか?」
母親は言葉に詰まった。
「うちの学校には外国からの留学生もいます。仮にその留学生の母国政府から、日本では子どもの権利を守れない親と学校があると指摘されたら、あなたはその問題の責めを負えますか?」
理詰めで平静ながら、完膚なきまでに叩きのめすような物言いをした。