――声が聞こえた。彼の声だ。
私のことを好きだと言ってくれた、大好きな彼の声。なのに、今はもう聞こえない。待って。行かないで!
「――碧理!」
碧理が目をあけると、最初に飛び込んできたのは、彼ではなく泣いている美咲の顔。
だが、横たわる碧理が目をあけると、美咲は驚愕の表情を浮かべた。
なぜなら心臓が止まった、死んだ人間が生き返ったのだから。
それは美咲だけではなく、慎吾や翠子も同じようで、二人共、碧理を何度も見つめたまま泣くことしか出来ない。
翠子は声をあげて。
慎吾は嗚咽を堪えながら。
「なにが、あったの? ……森里君は?」
身体が少し重い。だが怪我もしていない。ただ、何があったのか碧理は上手く思い出せなかった。
「碧理! 良かった」
死んだ時の後遺症も見られない碧理に、美咲が抱き付くとそのまま説明を始める。
碧理が波にさらわれたあと、何があったのかを。
それを真剣に聞きながら、碧理は震えが止まらなくなる。
蒼太は、碧理のために大切な記憶を失くした。
まだ本人に会っていないが、死んだ碧理が生き返ったのだ。願いが叶う洞窟の話は真実だ。
「……森里君は何処に行ったの?」
震えながら碧理は三人に問いかける。
その時、辺りに救急車のサイレンが響き渡った。それは不吉なもので、四人は不安げに黙り込む。
「えっ? 誰か救急車呼んだ?」
「呼んでない。花木が倒れて動かないのを誰かが見ていたとか? 地元の人が通報した?」
怖々とした美咲の声に慎吾が答えた。
そんな中、翠子が怪訝な顔をする。
「碧理さんではないようですよ。救急車が通りすぎて行きました」
確かに翠子の言う通り、救急車の目的は碧理達ではないようだ。その先、小高い丘を目指していた。
「森里君を探さないと」
碧理達が立ちあがると、落ち着いた声がかけられた。
「――彼はもういないわ」
その声の主を、四人が一斉に見る。
碧理を見て、ほっとした表情を見せた榊は、すぐに困ったような切なそうな顔をした。その様子を見て、碧理は嫌な予感がした。
「どう言う意味ですか? 榊さん! 森里君は?」
碧理が榊に詰め寄る。
「彼は……あなたを助けるために死んだわ。やはり生死に関わる願いは……代償も大きいようね」
「……どう言う意味? 森里君が死んだ? 私のせいで……嘘よ。そんなはずがない! どうしてそんな嘘をつくの?」
「嘘じゃないわ。彼はあそこよ」
榊が指差したのはさっき通りすぎて行った救急車。
碧理の背中に嫌な汗が流れた。
すると、慎吾が走り出す。
榊が言っていることが本当かどうか確かめるために。
「彼が洞窟から出て来ないから見に行ったの。そしたら、水の中に倒れていたわ。もう息はしていなかった。だから救急車を呼んだの」
淡々と説明する榊に、碧理と美咲は放心状態だ。
すると、一番大人しい翠子が詰め寄る。
「どうして? 碧理さんの時は救急車を呼ばなかったのに今は呼んだの? 私達がまた洞窟で願い事をすれば生き返るじゃない!」
翠子の言うことは最もだ。
蒼太を救うために、また願えば良い。
――紺碧の洞窟で。
「それは出来ないわ。彼は、あなたを生き返らせるために願って死んだ。同じことをしたら、また誰か死ぬわ。そんなリスクを背負う人がこの中にいるの?」
榊の言葉に三人が黙り込んだ。
自分が死ぬと分かっていて願う人間なんていない。それでも、碧理は生きていて欲しかった。蒼太に……。
恋をしたのはたった数か月だけど、彼の優しさに何度も助けられた。なら、元に戻すだけだ。自分が生きている今が、自然の摂理に逆らっているのだから。
「……私が願うわ。だって、それで元道りじゃない。森里君がくれた命を、また彼に戻すだけだもん」
二度も死ぬ経験をするのは辛い。恐怖だ。
それでも、碧理は蒼太に生きていて欲しかった。
「俺も願う! そうしたら、花木の命を全部とらなくても良いだろ!」
息を切らしてかけられた言葉は慎吾のもの。
力強く宣言する彼を見て、榊の言ったことは本当だったのだと三人は悟った。
「赤谷……森里は?」
美咲が泣きながら確認をする。
答えは分かり切っているのに。
「……死んだ。救急車で病院へ行くそうだ。俺は認めない。蒼太が死ぬなんて……だから、俺も願う。記憶を失っても、寿命が半分になっても」
真剣な慎吾の表情に、榊は辛そうだ。
まるで、何かを思い出すように悲し気に俯いた。
「わ、わたしも慎吾君と一緒に願います! 碧理さんだけに任せておけません。記憶がなくなっても、また皆に会いに行きます」
翠子が宣言すると、美咲も続く。
「本当は私、怖いんだからね。まだ死にたくないんだから! でも、碧理がいなくなるのが嫌だから一緒に願う。森里を生き返らせてって」
「皆、無理しなくても良いよ。元はと言えば私が悪いんだから。ハンカチを追って海に近づいたから」
「違います! 元はと言えば、私が怪我をしたせいです。こんなかすり傷、無視すればよかったのに」
碧理が責任を感じると、すぐに翠子が反論する。
「違うわよ。元はと言えば、私が洞窟へ行こうって言ったせいでしょ! だから自分を責めるのは止めて。今は森里のことを考えよう」
美咲が碧理と翠子の間に入る。
「そうね。それが良いわ。……洞窟へ行けなくなるもの」
榊の声に碧理が反応した。
「どういう意味?」
「そのままよ。洞窟が人を選ぶの。急がないと渡れなくなるわ。行くわよ」
背を向けて歩き出した榊に四人が付いて行く。
蒼太を助けるために。
そして、四人は願った。
自分の記憶と引き換えに。
蒼太を助けるために。
――生きて欲しいと。
私のことを好きだと言ってくれた、大好きな彼の声。なのに、今はもう聞こえない。待って。行かないで!
「――碧理!」
碧理が目をあけると、最初に飛び込んできたのは、彼ではなく泣いている美咲の顔。
だが、横たわる碧理が目をあけると、美咲は驚愕の表情を浮かべた。
なぜなら心臓が止まった、死んだ人間が生き返ったのだから。
それは美咲だけではなく、慎吾や翠子も同じようで、二人共、碧理を何度も見つめたまま泣くことしか出来ない。
翠子は声をあげて。
慎吾は嗚咽を堪えながら。
「なにが、あったの? ……森里君は?」
身体が少し重い。だが怪我もしていない。ただ、何があったのか碧理は上手く思い出せなかった。
「碧理! 良かった」
死んだ時の後遺症も見られない碧理に、美咲が抱き付くとそのまま説明を始める。
碧理が波にさらわれたあと、何があったのかを。
それを真剣に聞きながら、碧理は震えが止まらなくなる。
蒼太は、碧理のために大切な記憶を失くした。
まだ本人に会っていないが、死んだ碧理が生き返ったのだ。願いが叶う洞窟の話は真実だ。
「……森里君は何処に行ったの?」
震えながら碧理は三人に問いかける。
その時、辺りに救急車のサイレンが響き渡った。それは不吉なもので、四人は不安げに黙り込む。
「えっ? 誰か救急車呼んだ?」
「呼んでない。花木が倒れて動かないのを誰かが見ていたとか? 地元の人が通報した?」
怖々とした美咲の声に慎吾が答えた。
そんな中、翠子が怪訝な顔をする。
「碧理さんではないようですよ。救急車が通りすぎて行きました」
確かに翠子の言う通り、救急車の目的は碧理達ではないようだ。その先、小高い丘を目指していた。
「森里君を探さないと」
碧理達が立ちあがると、落ち着いた声がかけられた。
「――彼はもういないわ」
その声の主を、四人が一斉に見る。
碧理を見て、ほっとした表情を見せた榊は、すぐに困ったような切なそうな顔をした。その様子を見て、碧理は嫌な予感がした。
「どう言う意味ですか? 榊さん! 森里君は?」
碧理が榊に詰め寄る。
「彼は……あなたを助けるために死んだわ。やはり生死に関わる願いは……代償も大きいようね」
「……どう言う意味? 森里君が死んだ? 私のせいで……嘘よ。そんなはずがない! どうしてそんな嘘をつくの?」
「嘘じゃないわ。彼はあそこよ」
榊が指差したのはさっき通りすぎて行った救急車。
碧理の背中に嫌な汗が流れた。
すると、慎吾が走り出す。
榊が言っていることが本当かどうか確かめるために。
「彼が洞窟から出て来ないから見に行ったの。そしたら、水の中に倒れていたわ。もう息はしていなかった。だから救急車を呼んだの」
淡々と説明する榊に、碧理と美咲は放心状態だ。
すると、一番大人しい翠子が詰め寄る。
「どうして? 碧理さんの時は救急車を呼ばなかったのに今は呼んだの? 私達がまた洞窟で願い事をすれば生き返るじゃない!」
翠子の言うことは最もだ。
蒼太を救うために、また願えば良い。
――紺碧の洞窟で。
「それは出来ないわ。彼は、あなたを生き返らせるために願って死んだ。同じことをしたら、また誰か死ぬわ。そんなリスクを背負う人がこの中にいるの?」
榊の言葉に三人が黙り込んだ。
自分が死ぬと分かっていて願う人間なんていない。それでも、碧理は生きていて欲しかった。蒼太に……。
恋をしたのはたった数か月だけど、彼の優しさに何度も助けられた。なら、元に戻すだけだ。自分が生きている今が、自然の摂理に逆らっているのだから。
「……私が願うわ。だって、それで元道りじゃない。森里君がくれた命を、また彼に戻すだけだもん」
二度も死ぬ経験をするのは辛い。恐怖だ。
それでも、碧理は蒼太に生きていて欲しかった。
「俺も願う! そうしたら、花木の命を全部とらなくても良いだろ!」
息を切らしてかけられた言葉は慎吾のもの。
力強く宣言する彼を見て、榊の言ったことは本当だったのだと三人は悟った。
「赤谷……森里は?」
美咲が泣きながら確認をする。
答えは分かり切っているのに。
「……死んだ。救急車で病院へ行くそうだ。俺は認めない。蒼太が死ぬなんて……だから、俺も願う。記憶を失っても、寿命が半分になっても」
真剣な慎吾の表情に、榊は辛そうだ。
まるで、何かを思い出すように悲し気に俯いた。
「わ、わたしも慎吾君と一緒に願います! 碧理さんだけに任せておけません。記憶がなくなっても、また皆に会いに行きます」
翠子が宣言すると、美咲も続く。
「本当は私、怖いんだからね。まだ死にたくないんだから! でも、碧理がいなくなるのが嫌だから一緒に願う。森里を生き返らせてって」
「皆、無理しなくても良いよ。元はと言えば私が悪いんだから。ハンカチを追って海に近づいたから」
「違います! 元はと言えば、私が怪我をしたせいです。こんなかすり傷、無視すればよかったのに」
碧理が責任を感じると、すぐに翠子が反論する。
「違うわよ。元はと言えば、私が洞窟へ行こうって言ったせいでしょ! だから自分を責めるのは止めて。今は森里のことを考えよう」
美咲が碧理と翠子の間に入る。
「そうね。それが良いわ。……洞窟へ行けなくなるもの」
榊の声に碧理が反応した。
「どういう意味?」
「そのままよ。洞窟が人を選ぶの。急がないと渡れなくなるわ。行くわよ」
背を向けて歩き出した榊に四人が付いて行く。
蒼太を助けるために。
そして、四人は願った。
自分の記憶と引き換えに。
蒼太を助けるために。
――生きて欲しいと。