「ここが紺碧の洞窟があった場所か。全く思い出せないな」
最初に口を開いたのは慎吾だ。
首を捻りながら周囲を見渡し、必死に思い出そうとしている。
それは、碧理以外の三人も同じようで、何か見覚えがあるものはないかと探していた。
「私も赤谷と同じ。全然覚えてない。それにしても綺麗な海ね。夏だったら泳ぎたいくらいよ」
美咲が穏やかな海へと視線を戻す。
八月のあの日は天候がすこぶる悪かった。
風は吹きつけ海は大荒れ。朝なのに薄暗く憂鬱。そんな言葉が似合う空だった。
だが、十月の今は、秋晴れに相応しい天候。
雲一つなく海も穏やかだ。日差しも穏やかで空気も澄んでいる。
時刻は十二時十一分。
午前中から新幹線に乗り込み、バスや電車を乗り継いで着いたのは「紺碧の洞窟」がある、悪夢が起きた街。
碧理以外の四人は、記憶に関する何かがないかと周囲の観察に余念がない。
それとは反対に全てを知っている碧理は、浮かない顔で不安そうにしている。
視線の先には常に蒼太がいた。
「心配しすぎだよ、花木さん。ここでまた死んだりしないから。それよりも、管理人さんの宿ってこっち?」
自分に突き刺さる碧理の視線に苦笑しながら、蒼太がスマホアプリの地図を確認する。
「うん。こっち……あれ?」
「どうしたの?」
急に走り出した碧理に、蒼太達は首を傾げる。
記憶を辿りながら向かった先……そこには何もなかった。
祭りの夜に皆で泊まり、悪夢の朝もそこに変わらずあった宿は影も形もない。
立派な日本庭園も、時代を感じさせた古きよき日本家屋も消えている。
そこは更地になっていて空き地同然。
広大な敷地は草も花も生え放題。その様子を見るに、随分と前からこの状態のようだ。二カ月ではここまで荒れない。
「……ない。宿がない。榊さんがいた宿が消えてる……」
こんなことがあるのかと碧理は愕然とした。
唯一の手がかりである榊もいない。ましてや建物さえも存在しない。
それは、碧理が四人に伝えた話を裏付ける証拠がないということ。
事実が夢の出来事になってしまう。
「……不思議なこともあるのですね」
今まで黙っていた翠子が空き地を見て呟く。
翠子は、まだ碧理の話を信じてくれているようだ。
「困ったね。管理人さんに会えれば、私達の記憶の戻し方も教えて貰えるかも知れなかったのに」
美咲も、碧理の話が事実だと信じ切っているようだ。自分のスマホで空き地の写真は勿論、周囲の写真も撮って保存している。
「……参ったな。蒼太が死んだとか嘘だと思いたいけど、事実、俺達四人は記憶を失くしているからな」
慎吾が頭をかきながら蒼太を見る。
「僕は思い出すのが怖いから別にこれでもいいよ。実は結構ほっとしているから」
やはり、蒼太は緊張していたようだ。
誰しも自分が死んだ時間は思い出したくない。残酷な記憶なのだから。
「これからどうする? あ、碧理! 洞窟の場所はわからないの? そこに行こうよ!」
良い提案だと、美咲が碧理を見た。
だが、碧理は首を横にふる。
「あの洞窟は……行けないと思う」
「どうして?」
「あそこの崖の裏にあるんだけど……」
碧理が指差した先には、海に面した小高い山があった。
五人で宿の正面にある道路を渡り、防波堤を下りて砂浜へと向かう。
海を眺めながら歩いていると、碧理の脳裏にあの時の光景が蘇った。
自分の不注意で海に呑みこまれた記憶が……。
「――碧理。大丈夫?」
急に歩みを止めた碧理に美咲が声をかける。
「無理をすることはないですよ。碧理さん」
翠子が声をかけると、慎吾や蒼太も碧理を見た。
「ここに来るのは、これが最後だと思うから。だから……案内するよ。私のためにも。もう少し先だよ」
気丈に振る舞う碧理はまた歩き出す。だが、その両手は震えていた。
そんな碧理の緊張が伝染したのか、四人も無言で碧理の後をついて行く。
「あそこ……見える?」
しばらく海岸沿いを歩くと、海の地形が湾曲になっていた。その先は、さっき見えた小高い山。海から近づくと岩肌が向き出しの急な崖だ。
遠くから見るのと、近くから見るのとでは迫力が全く違う。
五人は、崖ぎりぎりまで近づいた。
その向こうを碧理が指さす。
「あの先は……干潮にならないと行けないの。私達はあの時、とても運が良かった。だから願いを叶えることが出来た。紺碧の洞窟は、あの崖の反対側にある」
紺碧の洞窟は、普段から侵入者を拒むように海水で満たされている。徒歩での侵入は干潮まで待たなくてはいけない。
「待てば良いだろ?」
慎吾の言う通り、普通なら待ては潮が引く。
だが、ここに関しては普通ではなかった。
「無理なの……。予測不能なんだって榊さんが言ってた。願いを叶えたい人が現れると、洞窟が選んで自然に道が開けるんだって」
「はぁ?」
お伽噺のような話に、慎吾、蒼太、翠子、美咲は顔を見合わせている。
「なら、海側から船で行けば良い。海水がいっぱいなら潜れば良いだろう。酸素ボンベ背負って」
「そこまでして願い叶えたい人いるかな? だって、元々、都市伝説じゃない。真実かもわからないのに」
慎吾の推理に美咲が答える。
誰もが同じことを考えるだろう。陸が駄目なら海からだと。だが、それも出来ない。
「船でもいけないの。洞窟の周囲に渦潮があって、地元の漁師さんでも流れがよめないって」
碧理は榊に教えられた通りに伝えた。
すると四人は諦めたように息を吐く。
「……諦めるしかないのかも。記憶は戻らないか」
美咲が空を仰いだ。
つられて全員が見上げる。
そこは雲一つない青空。何の穢れもない空間。
その空間に、一羽の鳥がいた。真っ白の鳥が。だが、遠すぎて種類はわからない。
天高く昇るその鳥は、五人の頭上を何回か旋回した後に去って行った。
「で、どうする? 宿は消えて洞窟には行けない。……記憶は戻らない。どうしようもないな」
慎吾の言葉に全員が考え込む。
「……帰ろうか。 私は記憶がなくてもいいや」
美咲らしい答えだ。この前向きな気持ちが碧理の心を軽くさせる。
「私も記憶を失くして特に不自由はありません。皆さんとの思い出がなくなったのは残念ですが、また新しい思い出を作れたらそれで補えます」
会った時は慎吾の影に隠れて頼り切っていた翠子は、その面影すらない。記憶がなくても何かが変わったようだ。
「俺も別に良いかな。……蒼太は?」
慎吾は翠子が良いのなら問題ないのだろう。
最後に皆の視線が蒼太に集まる。
「……正直、気にはなるんだ。だって、花木さんの話だと僕は生き返ったんでしょ? まるでゾンビだね。そんな不思議な経験を覚えていないのも残念じゃない?」
「覚えてなくてもいいだろ。そんな記憶」
蒼太の言葉に慎吾が反応する。
「そうだよ、森里君。あんな想いは……しない方が幸せだよ」
「……ごめん。そうだね。じゃあ、最後に花木さん。あそこに一緒に行かない? あそこからなら、少し洞窟が見えそうだよ」
蒼太が指差したのはテトラポット。
崖伝いに人、一人歩く道がある。それがテトラポットへと繋がっていた。
「えっ? 危ないよ。海に落ちたら……」
「大丈夫。そこまで深くないよ。それに、洞窟が少しでも見えたら記憶が戻るかも知れない……付き合ってくれない?」
今までとは違って強引な蒼太に、碧理は困惑する。
一瞬、記憶が戻って怒っているのかと碧理は思った。
あの時、碧理を助けるために蒼太が死んだのだから――。
でも、それは違うようだ。
ただ、単純に洞窟が見たい。それだけのようだ。
「うん。なら少しだけ」
「おい。お前達正気かよ。意外と深いだろ。テトラポットは波消しだぞ。それに滑りやすい。止めとけ」
慎吾が慌てて止めるが蒼太は首を横にふる。
「慎吾達はここで待っていてよ」
そう言うと、蒼太が碧理の手を取ると歩いて行く。
その手は力強く、そして……震えていた。生きているはずなのに、手の温もりはなく冷たかった。
「森里君! やっぱり止めよう。危ないよ」
碧理も必死に止めるが、蒼太は歩みを止めない。
それどころか尻込みする碧理を強引に引っ張っていく。
「森里君!」
「ごめんね、花木さん。お願いだから……僕のわがままに付き合って」
蒼太の泣きそうな顔が碧理の記憶を揺すぶる。
どこかで見た表情だと。とても、哀しくて……残酷だった記憶だと。だが、碧理はわからない。これがいつの記憶なのか。
蒼太はテトラポットに足をかける。そのまま二人は慎重に歩いて行く。
歩みを止めたのは、かろうじて、少しだけ洞窟の入り口が見える場所。
あと一歩踏み出せば、海に落ちてしまう危険なテトラポットの先端。
碧理は浜辺にいる三人を見た。
美咲と翠子は戻って来るようにと叫び、慎吾は碧理と蒼太の元へと歩き出した。
「森里君。戻ろう……危ないよ。もう記憶は諦めよう?」
「だめだよ。……諦めきれないよ。だって……《《どうして花木さんが生きていて、僕が死んだことになっているの? あの時、死んだのは……君じゃないか》》」
「……えっ?」
碧理の手を握ったまま、洞窟を見ていた蒼太は振り返る。
その瞳は、涙で濡れていた。
「あの時、洞窟で祈ったのは僕だ。碧理、君はどうして――」
「森里君、危ない!」
碧理から手を離した蒼太は頭を抱える。
そのせいかバランスを崩した。
それぞれの悲鳴が聞こえる中、混乱した蒼太は、助けようとした碧理と共に海へと落ちていく。
――あの時を再現するかのように。
最初に口を開いたのは慎吾だ。
首を捻りながら周囲を見渡し、必死に思い出そうとしている。
それは、碧理以外の三人も同じようで、何か見覚えがあるものはないかと探していた。
「私も赤谷と同じ。全然覚えてない。それにしても綺麗な海ね。夏だったら泳ぎたいくらいよ」
美咲が穏やかな海へと視線を戻す。
八月のあの日は天候がすこぶる悪かった。
風は吹きつけ海は大荒れ。朝なのに薄暗く憂鬱。そんな言葉が似合う空だった。
だが、十月の今は、秋晴れに相応しい天候。
雲一つなく海も穏やかだ。日差しも穏やかで空気も澄んでいる。
時刻は十二時十一分。
午前中から新幹線に乗り込み、バスや電車を乗り継いで着いたのは「紺碧の洞窟」がある、悪夢が起きた街。
碧理以外の四人は、記憶に関する何かがないかと周囲の観察に余念がない。
それとは反対に全てを知っている碧理は、浮かない顔で不安そうにしている。
視線の先には常に蒼太がいた。
「心配しすぎだよ、花木さん。ここでまた死んだりしないから。それよりも、管理人さんの宿ってこっち?」
自分に突き刺さる碧理の視線に苦笑しながら、蒼太がスマホアプリの地図を確認する。
「うん。こっち……あれ?」
「どうしたの?」
急に走り出した碧理に、蒼太達は首を傾げる。
記憶を辿りながら向かった先……そこには何もなかった。
祭りの夜に皆で泊まり、悪夢の朝もそこに変わらずあった宿は影も形もない。
立派な日本庭園も、時代を感じさせた古きよき日本家屋も消えている。
そこは更地になっていて空き地同然。
広大な敷地は草も花も生え放題。その様子を見るに、随分と前からこの状態のようだ。二カ月ではここまで荒れない。
「……ない。宿がない。榊さんがいた宿が消えてる……」
こんなことがあるのかと碧理は愕然とした。
唯一の手がかりである榊もいない。ましてや建物さえも存在しない。
それは、碧理が四人に伝えた話を裏付ける証拠がないということ。
事実が夢の出来事になってしまう。
「……不思議なこともあるのですね」
今まで黙っていた翠子が空き地を見て呟く。
翠子は、まだ碧理の話を信じてくれているようだ。
「困ったね。管理人さんに会えれば、私達の記憶の戻し方も教えて貰えるかも知れなかったのに」
美咲も、碧理の話が事実だと信じ切っているようだ。自分のスマホで空き地の写真は勿論、周囲の写真も撮って保存している。
「……参ったな。蒼太が死んだとか嘘だと思いたいけど、事実、俺達四人は記憶を失くしているからな」
慎吾が頭をかきながら蒼太を見る。
「僕は思い出すのが怖いから別にこれでもいいよ。実は結構ほっとしているから」
やはり、蒼太は緊張していたようだ。
誰しも自分が死んだ時間は思い出したくない。残酷な記憶なのだから。
「これからどうする? あ、碧理! 洞窟の場所はわからないの? そこに行こうよ!」
良い提案だと、美咲が碧理を見た。
だが、碧理は首を横にふる。
「あの洞窟は……行けないと思う」
「どうして?」
「あそこの崖の裏にあるんだけど……」
碧理が指差した先には、海に面した小高い山があった。
五人で宿の正面にある道路を渡り、防波堤を下りて砂浜へと向かう。
海を眺めながら歩いていると、碧理の脳裏にあの時の光景が蘇った。
自分の不注意で海に呑みこまれた記憶が……。
「――碧理。大丈夫?」
急に歩みを止めた碧理に美咲が声をかける。
「無理をすることはないですよ。碧理さん」
翠子が声をかけると、慎吾や蒼太も碧理を見た。
「ここに来るのは、これが最後だと思うから。だから……案内するよ。私のためにも。もう少し先だよ」
気丈に振る舞う碧理はまた歩き出す。だが、その両手は震えていた。
そんな碧理の緊張が伝染したのか、四人も無言で碧理の後をついて行く。
「あそこ……見える?」
しばらく海岸沿いを歩くと、海の地形が湾曲になっていた。その先は、さっき見えた小高い山。海から近づくと岩肌が向き出しの急な崖だ。
遠くから見るのと、近くから見るのとでは迫力が全く違う。
五人は、崖ぎりぎりまで近づいた。
その向こうを碧理が指さす。
「あの先は……干潮にならないと行けないの。私達はあの時、とても運が良かった。だから願いを叶えることが出来た。紺碧の洞窟は、あの崖の反対側にある」
紺碧の洞窟は、普段から侵入者を拒むように海水で満たされている。徒歩での侵入は干潮まで待たなくてはいけない。
「待てば良いだろ?」
慎吾の言う通り、普通なら待ては潮が引く。
だが、ここに関しては普通ではなかった。
「無理なの……。予測不能なんだって榊さんが言ってた。願いを叶えたい人が現れると、洞窟が選んで自然に道が開けるんだって」
「はぁ?」
お伽噺のような話に、慎吾、蒼太、翠子、美咲は顔を見合わせている。
「なら、海側から船で行けば良い。海水がいっぱいなら潜れば良いだろう。酸素ボンベ背負って」
「そこまでして願い叶えたい人いるかな? だって、元々、都市伝説じゃない。真実かもわからないのに」
慎吾の推理に美咲が答える。
誰もが同じことを考えるだろう。陸が駄目なら海からだと。だが、それも出来ない。
「船でもいけないの。洞窟の周囲に渦潮があって、地元の漁師さんでも流れがよめないって」
碧理は榊に教えられた通りに伝えた。
すると四人は諦めたように息を吐く。
「……諦めるしかないのかも。記憶は戻らないか」
美咲が空を仰いだ。
つられて全員が見上げる。
そこは雲一つない青空。何の穢れもない空間。
その空間に、一羽の鳥がいた。真っ白の鳥が。だが、遠すぎて種類はわからない。
天高く昇るその鳥は、五人の頭上を何回か旋回した後に去って行った。
「で、どうする? 宿は消えて洞窟には行けない。……記憶は戻らない。どうしようもないな」
慎吾の言葉に全員が考え込む。
「……帰ろうか。 私は記憶がなくてもいいや」
美咲らしい答えだ。この前向きな気持ちが碧理の心を軽くさせる。
「私も記憶を失くして特に不自由はありません。皆さんとの思い出がなくなったのは残念ですが、また新しい思い出を作れたらそれで補えます」
会った時は慎吾の影に隠れて頼り切っていた翠子は、その面影すらない。記憶がなくても何かが変わったようだ。
「俺も別に良いかな。……蒼太は?」
慎吾は翠子が良いのなら問題ないのだろう。
最後に皆の視線が蒼太に集まる。
「……正直、気にはなるんだ。だって、花木さんの話だと僕は生き返ったんでしょ? まるでゾンビだね。そんな不思議な経験を覚えていないのも残念じゃない?」
「覚えてなくてもいいだろ。そんな記憶」
蒼太の言葉に慎吾が反応する。
「そうだよ、森里君。あんな想いは……しない方が幸せだよ」
「……ごめん。そうだね。じゃあ、最後に花木さん。あそこに一緒に行かない? あそこからなら、少し洞窟が見えそうだよ」
蒼太が指差したのはテトラポット。
崖伝いに人、一人歩く道がある。それがテトラポットへと繋がっていた。
「えっ? 危ないよ。海に落ちたら……」
「大丈夫。そこまで深くないよ。それに、洞窟が少しでも見えたら記憶が戻るかも知れない……付き合ってくれない?」
今までとは違って強引な蒼太に、碧理は困惑する。
一瞬、記憶が戻って怒っているのかと碧理は思った。
あの時、碧理を助けるために蒼太が死んだのだから――。
でも、それは違うようだ。
ただ、単純に洞窟が見たい。それだけのようだ。
「うん。なら少しだけ」
「おい。お前達正気かよ。意外と深いだろ。テトラポットは波消しだぞ。それに滑りやすい。止めとけ」
慎吾が慌てて止めるが蒼太は首を横にふる。
「慎吾達はここで待っていてよ」
そう言うと、蒼太が碧理の手を取ると歩いて行く。
その手は力強く、そして……震えていた。生きているはずなのに、手の温もりはなく冷たかった。
「森里君! やっぱり止めよう。危ないよ」
碧理も必死に止めるが、蒼太は歩みを止めない。
それどころか尻込みする碧理を強引に引っ張っていく。
「森里君!」
「ごめんね、花木さん。お願いだから……僕のわがままに付き合って」
蒼太の泣きそうな顔が碧理の記憶を揺すぶる。
どこかで見た表情だと。とても、哀しくて……残酷だった記憶だと。だが、碧理はわからない。これがいつの記憶なのか。
蒼太はテトラポットに足をかける。そのまま二人は慎重に歩いて行く。
歩みを止めたのは、かろうじて、少しだけ洞窟の入り口が見える場所。
あと一歩踏み出せば、海に落ちてしまう危険なテトラポットの先端。
碧理は浜辺にいる三人を見た。
美咲と翠子は戻って来るようにと叫び、慎吾は碧理と蒼太の元へと歩き出した。
「森里君。戻ろう……危ないよ。もう記憶は諦めよう?」
「だめだよ。……諦めきれないよ。だって……《《どうして花木さんが生きていて、僕が死んだことになっているの? あの時、死んだのは……君じゃないか》》」
「……えっ?」
碧理の手を握ったまま、洞窟を見ていた蒼太は振り返る。
その瞳は、涙で濡れていた。
「あの時、洞窟で祈ったのは僕だ。碧理、君はどうして――」
「森里君、危ない!」
碧理から手を離した蒼太は頭を抱える。
そのせいかバランスを崩した。
それぞれの悲鳴が聞こえる中、混乱した蒼太は、助けようとした碧理と共に海へと落ちていく。
――あの時を再現するかのように。