急に潮風が強まり体温を奪い出す。
吹きつける風に、全員が海へと視線を向けた。
「花火大丈夫かな? 風が強いと中止なんでしょ?」
碧理は暗くなる空を見ていると不安にかられた。
飛ばないようにと、急いでゴミをかき集め袋に入れた。
「このくらいの風なら大丈夫だよ。それよりも移動しよう。慎吾も翠子さんも寝ていないから眠いでしょ? 電車の仮眠じゃ落ちつかないよね」
蒼太が碧理の片づけを手伝い、ゴミを半分受け取る。
翠子は電車や移動に慣れていないらしく疲れているようだ。
花火は遠くからも見えるからと、蒼太を先頭に、賑やかな屋台を目指す。
すれ違う人々は、皆が笑顔で幸せそうだ。
色とりどりの熱帯魚のような浴衣を身に纏う女性達は勿論、家族ずれも多い。皆が楽しんでいる。
そんな光景を視界にいれながら、碧理は羨ましいと思った。
四歳の時に両親が離婚した碧理は、賑やかなお祭りに行った記憶がない。成長してからも、隣に住む瑠衣に何度か誘われたが、適当な理由を付けて断っていた。だから、実質、これが初めてのお祭りだ。
その光景を夢中で目に焼きつける。
「花木さん、お祭り好きなの? すんごいキョロキョロしてる」
美咲や慎吾、翠子達三人は揃って碧理達の前を歩いている。たまに足を止めて買い食いをしているのは、慎吾と美咲だ。それを翠子が呆れた様子で見ていた。
二人はまだお腹に余裕があるらしい。
「あ、うん。私、お祭りって来たことなくて……凄いね。見ているだけでも楽しい」
陽が落ちた世界は、暗闇の中、そこだけが煌めいている。
まるで、世界から隔離されたように。
「なら……帰ったらまた行かない? 十日後に地元で花火大会あるから……どうかな?」
遠慮がちに、碧理の様子を伺うように告げた蒼太の顔は少し赤い。照れているようにも見えるが、緊張しているのか手を強く握っている。
蒼太が誘った花火大会は、美咲が家庭教師と三年前に行った、地元で一番有名な花火大会だ。
「え……。あの、行きたいけど、私と一緒で良いの? バスケ部の友達とかは?」
素直に「行きたい」と伝える碧理に、蒼太は嬉しそうに笑った。
「花木と一緒に行きたいんだ。……二人で」
「えっ……?」
てっきり、またこの五人で行くとばかり思っていた碧理は、いきなりの蒼太の言葉に驚いた。そして、その意味を噛みしめて恥ずかしそうに俯いた。
「ダメかな……」
そんな碧理の姿を見て、蒼太が沈んだ声を出す。
誤解させたと感じた碧理は、慌てて顔を上げた。その顔は林檎のように真っ赤になっている。
「行きたい! 私で良いなら行きたいな」
全力で碧理が伝えると、蒼太は顔をほころばせた。
そんな二人の甘い空気は、遠くから見守っている三人にも伝わる。
美咲は「早く付き合えば良いのに」と小声で囁き、慎吾は美咲に「余計なことは言うな」と小言を言っている。翠子は「素敵です」と目を輝かせ拝むように手を合わせた。
初々しい二人の姿ににまついていると、美咲はふと視線を露店に向けた。
「ねえ。あそこでおもちゃの指輪買おうよ。記念に!」
目に入ったのは、縁日に良くあるおもちゃばかり取り扱っている。
そこで見つけたのは、プラスチックのおもちゃの指輪。
銀色のリングに石の色だけ違っている。
小学生以下の子供がメインターゲットだろう。そこに高校生の碧理達が引き寄せられる。女、三人ではしゃいでいる後ろで、男二人が呆れたように見守っていた。
「いらっしゃい。お嬢さん達。その指輪にイニシャルも彫れるよ。十分あれば出来るからどう?」
目を輝かせている女子三人に、愛想の良い店の主人は声をかける。
「名前彫れるの? それ凄い。記念に三人で買おう。あ、石の色はね……それぞれが好きな人の色ね」
男二人に聞かれないように、美咲が声を潜めた。
「えっ? 好きな人の色?」
碧理が何のことかわからずにいると、翠子が短く声をあげる。
「私はわかりました。名前に入っている色ですね」
「そうよ。翠子は赤谷の赤。碧理は森里蒼太の青。そして私は黒よ」
どうやら、美咲はまだ黒川健人が忘れられないらしい。吹っ切れたように見えたのは強がりだったようだ。
「碧理……。何よ、その顔。別に良いでしょう」
碧理の気持ちをよんだのか、美咲が頬を膨らませる。
「何も言ってないじゃない。それに良いんじゃない。私も失恋したら引きずるもん。帰ったら残念会しよう」
「……碧理。自分は上手くいくからって。絶対に私も頑張るんだから。おじさん、この三つ頂戴。それと、イニシャル彫って欲しいな」
「まいどあり! 紙にイニシャルと、どの石に彫るか書いて」
美咲が紙を受け取り代表して書いていく。
どうやら、機械ですぐに彫れるようだ。十分待つと、それぞれの指輪を渡された。
「お嬢ちゃん達、指に合うか合わせてみて。今なら調整出来るから。おもちゃの指輪は簡単に大きさ変えられるからね」
どうやら、調整出来る機械もあるようで、今の縁日は凄いと三人は心の底から喜んだ。そして、受け取った指輪をその場で嵌めて歩き出す。
「可愛いです。おもちゃの割にしっかりした作りですね。大切にします」
右手の薬指に合わせた翠子は始終ご機嫌だ。
どうやら、この指輪で疲れも吹っ飛んだらしい。
美咲も満足な様子で小指に嵌めた。そして、碧理もまた左手の薬指に指輪をする。
「何で、翠子が薬指で、お前ら二人は小指なんだ?」
慎吾が不思議そうに聞いてくる。
「あら、赤谷。これ、指によってそれぞれ意味があるのよ。所説はいっぱいあるけど、翠子の右手薬指は心の安定や恋を叶えるため。私達の左手小指はチャンスと恋を引き寄せるためよ! ……碧理は翠子と同じでも良いと思うけどな」
にやにやと笑みを浮かべる美咲を見て、碧理は何も言えないくらい顔を赤く染めた。傍にいる蒼太に余計なことを言うな。と言うように。
男子二人は、指輪の色に気が付いていないようだ。それぞれが好きな人の色を選んだことに。
「あ、あそこじゃないか? 元民宿って」
しばらく五人で歩くと、屋台を抜けて海の側までやってきた。
海沿いに建てられた家々の中で、趣のある和風建築に五人は足を止める。
立派な門に、建物の周りは中が見えないように囲われている。元民宿と言うよりは、由緒正しい旅館の造り。
思っていたよりも厳かな日本建築に、五人の歩みが止まる。
「えっ……。紹介されたの、本当にここ? かなり立派なんだけど……間違ってない?」
美咲が蒼太や慎吾に不安げに確かめる。
どう見ても、高校生が泊まるにはハードルが高い。
誰かに聞こうにも、なぜかこの周りに人がいない。そして、他のお店は全部閉まっていた。
「……だよね。スマホで調べた宿と何か違う気がするなあ。でも、他は民家や飲食店、雑貨屋しかないし、ここかな?」
蒼太もスマホを片手に困惑気味だ。
周りを見渡しても、この場所だけ異質に思えた。まるでタイムスリップしたように、この建物だけ周りから浮いている。
「ここで話し合っていても仕方がないから中に入ろうぜ。間違っていたら戻れば良いだけだし。行くぞ」
物怖じしない慎吾は、率先して歩き出した。
インターホンが見当たらないので、普通の家には到底あり得ない立派な門をくぐる。
敷地内に入ると、手入れの行き届いた和風庭園が広がっていた。
「凄いね……。私達、場違い感が半端ないんだけど」
美咲の言葉に、碧理や蒼太は同意する。
だが、翠子は慣れているようで、庭の説明をしてくれた。
「素晴らしいお庭ですね。今は滅多に見ることが出来ない鹿威しや岩灯籠もありますし、木々の剪定も丁寧ですわ」
さすがはお嬢様だ。碧理達が歩いている、敷岩の説明までしてくれる。
庭に圧倒されていると、玄関へと辿り着いた。
そして、躊躇する暇もなく、慎吾が豪快に戸を開けた。
「すみませーん。ごめんください」
大声で中に呼びかける慎吾の声に、すぐに反応が返ってきた。
「はーい。どなた?」
中から出て来たのは、三十代と思われる女性。
髪を一つに纏め、黒いワンピースに白いエプロンをつけている。どうやら料理中だったようだ。
その女性は碧理達の姿を見て、とても驚いている。
吹きつける風に、全員が海へと視線を向けた。
「花火大丈夫かな? 風が強いと中止なんでしょ?」
碧理は暗くなる空を見ていると不安にかられた。
飛ばないようにと、急いでゴミをかき集め袋に入れた。
「このくらいの風なら大丈夫だよ。それよりも移動しよう。慎吾も翠子さんも寝ていないから眠いでしょ? 電車の仮眠じゃ落ちつかないよね」
蒼太が碧理の片づけを手伝い、ゴミを半分受け取る。
翠子は電車や移動に慣れていないらしく疲れているようだ。
花火は遠くからも見えるからと、蒼太を先頭に、賑やかな屋台を目指す。
すれ違う人々は、皆が笑顔で幸せそうだ。
色とりどりの熱帯魚のような浴衣を身に纏う女性達は勿論、家族ずれも多い。皆が楽しんでいる。
そんな光景を視界にいれながら、碧理は羨ましいと思った。
四歳の時に両親が離婚した碧理は、賑やかなお祭りに行った記憶がない。成長してからも、隣に住む瑠衣に何度か誘われたが、適当な理由を付けて断っていた。だから、実質、これが初めてのお祭りだ。
その光景を夢中で目に焼きつける。
「花木さん、お祭り好きなの? すんごいキョロキョロしてる」
美咲や慎吾、翠子達三人は揃って碧理達の前を歩いている。たまに足を止めて買い食いをしているのは、慎吾と美咲だ。それを翠子が呆れた様子で見ていた。
二人はまだお腹に余裕があるらしい。
「あ、うん。私、お祭りって来たことなくて……凄いね。見ているだけでも楽しい」
陽が落ちた世界は、暗闇の中、そこだけが煌めいている。
まるで、世界から隔離されたように。
「なら……帰ったらまた行かない? 十日後に地元で花火大会あるから……どうかな?」
遠慮がちに、碧理の様子を伺うように告げた蒼太の顔は少し赤い。照れているようにも見えるが、緊張しているのか手を強く握っている。
蒼太が誘った花火大会は、美咲が家庭教師と三年前に行った、地元で一番有名な花火大会だ。
「え……。あの、行きたいけど、私と一緒で良いの? バスケ部の友達とかは?」
素直に「行きたい」と伝える碧理に、蒼太は嬉しそうに笑った。
「花木と一緒に行きたいんだ。……二人で」
「えっ……?」
てっきり、またこの五人で行くとばかり思っていた碧理は、いきなりの蒼太の言葉に驚いた。そして、その意味を噛みしめて恥ずかしそうに俯いた。
「ダメかな……」
そんな碧理の姿を見て、蒼太が沈んだ声を出す。
誤解させたと感じた碧理は、慌てて顔を上げた。その顔は林檎のように真っ赤になっている。
「行きたい! 私で良いなら行きたいな」
全力で碧理が伝えると、蒼太は顔をほころばせた。
そんな二人の甘い空気は、遠くから見守っている三人にも伝わる。
美咲は「早く付き合えば良いのに」と小声で囁き、慎吾は美咲に「余計なことは言うな」と小言を言っている。翠子は「素敵です」と目を輝かせ拝むように手を合わせた。
初々しい二人の姿ににまついていると、美咲はふと視線を露店に向けた。
「ねえ。あそこでおもちゃの指輪買おうよ。記念に!」
目に入ったのは、縁日に良くあるおもちゃばかり取り扱っている。
そこで見つけたのは、プラスチックのおもちゃの指輪。
銀色のリングに石の色だけ違っている。
小学生以下の子供がメインターゲットだろう。そこに高校生の碧理達が引き寄せられる。女、三人ではしゃいでいる後ろで、男二人が呆れたように見守っていた。
「いらっしゃい。お嬢さん達。その指輪にイニシャルも彫れるよ。十分あれば出来るからどう?」
目を輝かせている女子三人に、愛想の良い店の主人は声をかける。
「名前彫れるの? それ凄い。記念に三人で買おう。あ、石の色はね……それぞれが好きな人の色ね」
男二人に聞かれないように、美咲が声を潜めた。
「えっ? 好きな人の色?」
碧理が何のことかわからずにいると、翠子が短く声をあげる。
「私はわかりました。名前に入っている色ですね」
「そうよ。翠子は赤谷の赤。碧理は森里蒼太の青。そして私は黒よ」
どうやら、美咲はまだ黒川健人が忘れられないらしい。吹っ切れたように見えたのは強がりだったようだ。
「碧理……。何よ、その顔。別に良いでしょう」
碧理の気持ちをよんだのか、美咲が頬を膨らませる。
「何も言ってないじゃない。それに良いんじゃない。私も失恋したら引きずるもん。帰ったら残念会しよう」
「……碧理。自分は上手くいくからって。絶対に私も頑張るんだから。おじさん、この三つ頂戴。それと、イニシャル彫って欲しいな」
「まいどあり! 紙にイニシャルと、どの石に彫るか書いて」
美咲が紙を受け取り代表して書いていく。
どうやら、機械ですぐに彫れるようだ。十分待つと、それぞれの指輪を渡された。
「お嬢ちゃん達、指に合うか合わせてみて。今なら調整出来るから。おもちゃの指輪は簡単に大きさ変えられるからね」
どうやら、調整出来る機械もあるようで、今の縁日は凄いと三人は心の底から喜んだ。そして、受け取った指輪をその場で嵌めて歩き出す。
「可愛いです。おもちゃの割にしっかりした作りですね。大切にします」
右手の薬指に合わせた翠子は始終ご機嫌だ。
どうやら、この指輪で疲れも吹っ飛んだらしい。
美咲も満足な様子で小指に嵌めた。そして、碧理もまた左手の薬指に指輪をする。
「何で、翠子が薬指で、お前ら二人は小指なんだ?」
慎吾が不思議そうに聞いてくる。
「あら、赤谷。これ、指によってそれぞれ意味があるのよ。所説はいっぱいあるけど、翠子の右手薬指は心の安定や恋を叶えるため。私達の左手小指はチャンスと恋を引き寄せるためよ! ……碧理は翠子と同じでも良いと思うけどな」
にやにやと笑みを浮かべる美咲を見て、碧理は何も言えないくらい顔を赤く染めた。傍にいる蒼太に余計なことを言うな。と言うように。
男子二人は、指輪の色に気が付いていないようだ。それぞれが好きな人の色を選んだことに。
「あ、あそこじゃないか? 元民宿って」
しばらく五人で歩くと、屋台を抜けて海の側までやってきた。
海沿いに建てられた家々の中で、趣のある和風建築に五人は足を止める。
立派な門に、建物の周りは中が見えないように囲われている。元民宿と言うよりは、由緒正しい旅館の造り。
思っていたよりも厳かな日本建築に、五人の歩みが止まる。
「えっ……。紹介されたの、本当にここ? かなり立派なんだけど……間違ってない?」
美咲が蒼太や慎吾に不安げに確かめる。
どう見ても、高校生が泊まるにはハードルが高い。
誰かに聞こうにも、なぜかこの周りに人がいない。そして、他のお店は全部閉まっていた。
「……だよね。スマホで調べた宿と何か違う気がするなあ。でも、他は民家や飲食店、雑貨屋しかないし、ここかな?」
蒼太もスマホを片手に困惑気味だ。
周りを見渡しても、この場所だけ異質に思えた。まるでタイムスリップしたように、この建物だけ周りから浮いている。
「ここで話し合っていても仕方がないから中に入ろうぜ。間違っていたら戻れば良いだけだし。行くぞ」
物怖じしない慎吾は、率先して歩き出した。
インターホンが見当たらないので、普通の家には到底あり得ない立派な門をくぐる。
敷地内に入ると、手入れの行き届いた和風庭園が広がっていた。
「凄いね……。私達、場違い感が半端ないんだけど」
美咲の言葉に、碧理や蒼太は同意する。
だが、翠子は慣れているようで、庭の説明をしてくれた。
「素晴らしいお庭ですね。今は滅多に見ることが出来ない鹿威しや岩灯籠もありますし、木々の剪定も丁寧ですわ」
さすがはお嬢様だ。碧理達が歩いている、敷岩の説明までしてくれる。
庭に圧倒されていると、玄関へと辿り着いた。
そして、躊躇する暇もなく、慎吾が豪快に戸を開けた。
「すみませーん。ごめんください」
大声で中に呼びかける慎吾の声に、すぐに反応が返ってきた。
「はーい。どなた?」
中から出て来たのは、三十代と思われる女性。
髪を一つに纏め、黒いワンピースに白いエプロンをつけている。どうやら料理中だったようだ。
その女性は碧理達の姿を見て、とても驚いている。