「あーあ。パンケーキ微妙だったなぁ」
そう言って電車に揺られながら肩を落とす美咲は、スマホを見ては落ち込んでいる。
スマホの画面には焦げて無残な姿になったパンケーキらしき物体。
はりきって六時に起きた美咲は、寝ていた碧理と蒼太を強制的に叩き起こし、パンケーキ作りに挑戦した。
出来上がったパンケーキは、見た目は真っ黒に焦げてしまい、味も残念な結果となった。
狙っていたSNS映えが取れないことが心の底から残念だったらしく、廃校の宿を出ても、美咲の表情は暗い。
そんな美咲とは違い、慎吾と翠子がすっきりとした顔つきで現れたのは朝方。
どうやら徹夜で二人は話し合ったらしく、寝ていないはずなのに清々しい表情をしている。
上手く話が纏まったようで、二人を見て碧理は胸を撫で下ろした。
「……微妙も何も、あれはもう食べ物と言えないだろう」
慎吾も焦げたパンケーキを無理矢理食べさせられ機嫌が悪い。それを翠子が苦笑しながら宥めている。
「元調理室だから、あそこの火力が強いのよ。機会があったらまた挑戦するから」
「火力の問題かよ……。誰が食うんだよ、また作ったその失敗作。あれはパンケーキと言うよりは炭の塊だ」
慎吾がまた余計なことを言う。
「失礼ね。食べさせたい相手は決まっているもん」
不貞腐れたようにそっぽを向く美咲は、子供のような表情で答えた。
「まあ、まあ。白川も落ちついて。慎吾もそれ以上絡まないでよ。それで、何処へ向かうの? 勿論、今日中に着くよね? 出来れば夜中までに帰りたいんだけど?」
いがみ合う慎吾と美咲の間に蒼太が入り仲裁を始める。
これ以上続くと、また面倒なことになると動いたらしい。
「えっ、えっと、ここだよ」
説明するために美咲が地図を広げて場所を指差した。
本当は夜に話し合う予定だったが、慎吾と翠子のことがあったせいで詳しいことは美咲しかまだ知らない。
時刻は朝の九時。
学生は夏休みのせいか、電車内は比較的空いている。
女子三人が椅子に座り、男子二人が目の前に立つと、全員で美咲の手元を覗き込んだ。
「……うーん。青春十八切符だから着くのは夜だね。今日も泊まり確定か。皆、どうする? 無断外泊だと警察に連絡されるかも知れないよ」
蒼太が頭を掻き困ったように、皆を見る。
「私と白川さんは問題ないよ。三日間のアリバイ工作はしてあるから」
碧理と美咲が頷き合う。
美咲は朝起きるとすぐに、アリバイ工作の確認のため兄へと連絡した。
そして聞かされたのは、問題は何もないと言うこと。
碧理の家から電話もなく、美咲の両親も不審がる様子はないらしい。それを美咲から聞かされた碧理は、家から連絡がないのはわかっていたはずなのに胸が痛んだ。
心のどこかで期待していたのかも知れない。
初めての外泊に心配して、義母か拓真が、美咲の家へ連絡をしているかも知れないと。
だが、それは無残にも砕け散った。
「私と碧理は問題なし。翠子は?」
「私も友達に確認しましたが、今日までは誤魔化せると言われました。ただ、さすがに明日には帰らないといけないと思います」
翠子の言う通り、明日中には帰らないと誰かの親が気づくだろう。警察に連絡されたら、それこそ大問題だ。
「女子三人は何とかなりそうだけど、問題は僕達かもね。慎吾」
蒼太が困ったように頭を掻く。
「そうだな。特に俺の親な。でも、ここまで来たら引き返せないだろう。バレたらその時考えようぜ。何とかなるさ」
慎吾が諦めたように、適当に答える。
ここまで来たら考えるのを止めて開き直ることにしたらしい。
「よく考えたら俺は問題児扱いなんだし、夏休みくらい外泊しても良いじゃん。何か言われたら両親の家庭内別居が悪いって騒ぐさ。蒼太はどうなんだ?」
「僕もこうなったら皆と一緒に説教される覚悟だよ。全部、慎吾のせいにするから」
「ああ、構わないぜ。高校最後の夏……たまには良いさ」
男子二人は常識よりも青春を取ったらしい。
「そうだね。私も問題が起きたらその時考えることにする」
美咲も男子二人に同調する。
「ところで、この場所って有名な花火大会なかった? 昔、ニュースで見た記憶があるんだけど。時期的に今じゃない?」
蒼太が思い出したようにスマホを取り出した。そして検索を始めた。
「ああ、やっぱり。日本でも有名な花火大会の場所だよ。しかも……今日がその日だ。奇跡だね」
スマホを皆に見せると、途端に美咲と翠子が目を輝かせる。
「花火大会! 家族以外で見るのは初めてです」
「私は……三年前、近くの花火大会行ったな。引きこもる前に」
はしゃぐ翠子とは違い、美咲が遠い目をして、ぼそりと呟いた。
美咲が思い出している花火大会は、地域で一番有名で大規模な物。落ち込んだ様子の美咲を見るに、好きな人と一緒に行ったのかも知れないと碧理は予想する。
話に出てきた家庭教師と。
「美咲は、洞窟で何を願うの?」
碧理は聞いてみたくなった。
両親の関係改善か、それとも自分の恋愛の決着か。一人で洞窟を目指そうとした「願い」が何なのか。
「結婚したいって願うんだ」
「えっ? 結婚?」
思っていたよりも現実的ではない内容に、碧理は思わず声を上げた。
それは碧理だけではなく、他の三人も同じ気持ちだったようで、お互いに目配せしている。
「なによ、皆。私は本気なんだから。願いは普通に結婚して、子供産んで、家を建てておばあちゃんになることなの。世間一般的な幸せで良いの」
皆が戸惑っている雰囲気を察したのか、美咲が力説した。
普通がどれほど難しくて、幸せで羨ましいことかを。親がダブル不倫中で、家の中がギスギスしている美咲には眩しく感じたのだろう。
明るく美咲は振る舞うが、たまにため息を吐いている。本人も気づかない内に。
「……あのさ、白川。お前の好きな人って、前に聞いた社会人で優柔不断男だろ? あんまり言いたくないけど止めとけよ。お前を迎えに来た時、一回だけ見たけど……微妙だったぞ」
慎吾はどうやら美咲の好きな人を知っているようだ。
しかも、相手が気にいらないらしい。
「ちょっと赤谷。約束はどうしたのよ?」
「翠子にバレた時点で約束は破棄だ」
「なんで! あんなに私は頑張ったのに酷い!」
憤慨する美咲を遮って、慎吾が碧理達に説明を始める。
慎吾が言うには、出席日数が足りない者同士の補習で美咲と知り合った。
席が隣同士で気が合い、何回か会う内に身の上話をする仲になったと言う。主に、お互いの恋愛相談を。
そこで二人の間に契約が発生した。
慎吾は、翠子と別れるために美咲に彼女の振りを。美咲は……何があっても自分の味方になって、彼氏の前で自分と親し気に振る舞って欲しいと。
「……慎吾はわかるけど、白川は何でそんな交換条件を?」
蒼太が不思議そうに首を傾げた。
結婚したいと願うなら、彼氏の前で他の男といるのは不自然だ。反対に愛想を尽かされる恐れもある。
「それはね。……彼が少しでも嫉妬してくれたら良いなあって思ったの。でも彼の反応は微妙だった」
口を尖らせた美咲の姿から、上手くいかなかったことがわかった。
それでなくとも、高校生と社会人では関わっている世界が違う。その年齢差が次第に重荷になり、わずらわしくなることもある。
「一回だけ、俺と一緒にいた所を見せたんだ。そしたらその男、あからさまに安心した顔を見せて帰ったんだよ。それ以来会ってないんだろ? 止めとけ、そんな男」
慎吾がまるで美咲の保護者のように、口煩く心配を始めた。
よほど、その家庭教師が微妙だったようだ。
「だって、好きなんだもん。赤谷も翠子さんを諦めないように、私も諦めたくないの! あ、次の駅で降りるよ。乗り換えだから」
五人で話し込んでいると、アナウンスが流れる。
美咲が告げると、四人が戸惑ったまま頷いた。
「この話しは終わりね。行く……よ。えっ?」
立ち上がった美咲は、四人ではなく別の方向を見ている。
そして、その顔つきが強張っていく。まるで幽霊をみたかのような驚きように、四人も美咲の視線の先を追った。
そこには美咲と同じように、驚き固まっている一人の若い男性の姿。
スーツを着ている所を見ると仕事のようだ。
「なんで、こんな所に……」
小さく呟いた美咲の声は震えていて、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「まじかよ……。なんだよ、この偶然」
そして、美咲の後ろでは慎吾が茫然と呟いていた。
「……美咲」
男性は困ったような顔をしながら近づいて来ると、苗字ではなく美咲の名前を親し気に呼んだ。
そう言って電車に揺られながら肩を落とす美咲は、スマホを見ては落ち込んでいる。
スマホの画面には焦げて無残な姿になったパンケーキらしき物体。
はりきって六時に起きた美咲は、寝ていた碧理と蒼太を強制的に叩き起こし、パンケーキ作りに挑戦した。
出来上がったパンケーキは、見た目は真っ黒に焦げてしまい、味も残念な結果となった。
狙っていたSNS映えが取れないことが心の底から残念だったらしく、廃校の宿を出ても、美咲の表情は暗い。
そんな美咲とは違い、慎吾と翠子がすっきりとした顔つきで現れたのは朝方。
どうやら徹夜で二人は話し合ったらしく、寝ていないはずなのに清々しい表情をしている。
上手く話が纏まったようで、二人を見て碧理は胸を撫で下ろした。
「……微妙も何も、あれはもう食べ物と言えないだろう」
慎吾も焦げたパンケーキを無理矢理食べさせられ機嫌が悪い。それを翠子が苦笑しながら宥めている。
「元調理室だから、あそこの火力が強いのよ。機会があったらまた挑戦するから」
「火力の問題かよ……。誰が食うんだよ、また作ったその失敗作。あれはパンケーキと言うよりは炭の塊だ」
慎吾がまた余計なことを言う。
「失礼ね。食べさせたい相手は決まっているもん」
不貞腐れたようにそっぽを向く美咲は、子供のような表情で答えた。
「まあ、まあ。白川も落ちついて。慎吾もそれ以上絡まないでよ。それで、何処へ向かうの? 勿論、今日中に着くよね? 出来れば夜中までに帰りたいんだけど?」
いがみ合う慎吾と美咲の間に蒼太が入り仲裁を始める。
これ以上続くと、また面倒なことになると動いたらしい。
「えっ、えっと、ここだよ」
説明するために美咲が地図を広げて場所を指差した。
本当は夜に話し合う予定だったが、慎吾と翠子のことがあったせいで詳しいことは美咲しかまだ知らない。
時刻は朝の九時。
学生は夏休みのせいか、電車内は比較的空いている。
女子三人が椅子に座り、男子二人が目の前に立つと、全員で美咲の手元を覗き込んだ。
「……うーん。青春十八切符だから着くのは夜だね。今日も泊まり確定か。皆、どうする? 無断外泊だと警察に連絡されるかも知れないよ」
蒼太が頭を掻き困ったように、皆を見る。
「私と白川さんは問題ないよ。三日間のアリバイ工作はしてあるから」
碧理と美咲が頷き合う。
美咲は朝起きるとすぐに、アリバイ工作の確認のため兄へと連絡した。
そして聞かされたのは、問題は何もないと言うこと。
碧理の家から電話もなく、美咲の両親も不審がる様子はないらしい。それを美咲から聞かされた碧理は、家から連絡がないのはわかっていたはずなのに胸が痛んだ。
心のどこかで期待していたのかも知れない。
初めての外泊に心配して、義母か拓真が、美咲の家へ連絡をしているかも知れないと。
だが、それは無残にも砕け散った。
「私と碧理は問題なし。翠子は?」
「私も友達に確認しましたが、今日までは誤魔化せると言われました。ただ、さすがに明日には帰らないといけないと思います」
翠子の言う通り、明日中には帰らないと誰かの親が気づくだろう。警察に連絡されたら、それこそ大問題だ。
「女子三人は何とかなりそうだけど、問題は僕達かもね。慎吾」
蒼太が困ったように頭を掻く。
「そうだな。特に俺の親な。でも、ここまで来たら引き返せないだろう。バレたらその時考えようぜ。何とかなるさ」
慎吾が諦めたように、適当に答える。
ここまで来たら考えるのを止めて開き直ることにしたらしい。
「よく考えたら俺は問題児扱いなんだし、夏休みくらい外泊しても良いじゃん。何か言われたら両親の家庭内別居が悪いって騒ぐさ。蒼太はどうなんだ?」
「僕もこうなったら皆と一緒に説教される覚悟だよ。全部、慎吾のせいにするから」
「ああ、構わないぜ。高校最後の夏……たまには良いさ」
男子二人は常識よりも青春を取ったらしい。
「そうだね。私も問題が起きたらその時考えることにする」
美咲も男子二人に同調する。
「ところで、この場所って有名な花火大会なかった? 昔、ニュースで見た記憶があるんだけど。時期的に今じゃない?」
蒼太が思い出したようにスマホを取り出した。そして検索を始めた。
「ああ、やっぱり。日本でも有名な花火大会の場所だよ。しかも……今日がその日だ。奇跡だね」
スマホを皆に見せると、途端に美咲と翠子が目を輝かせる。
「花火大会! 家族以外で見るのは初めてです」
「私は……三年前、近くの花火大会行ったな。引きこもる前に」
はしゃぐ翠子とは違い、美咲が遠い目をして、ぼそりと呟いた。
美咲が思い出している花火大会は、地域で一番有名で大規模な物。落ち込んだ様子の美咲を見るに、好きな人と一緒に行ったのかも知れないと碧理は予想する。
話に出てきた家庭教師と。
「美咲は、洞窟で何を願うの?」
碧理は聞いてみたくなった。
両親の関係改善か、それとも自分の恋愛の決着か。一人で洞窟を目指そうとした「願い」が何なのか。
「結婚したいって願うんだ」
「えっ? 結婚?」
思っていたよりも現実的ではない内容に、碧理は思わず声を上げた。
それは碧理だけではなく、他の三人も同じ気持ちだったようで、お互いに目配せしている。
「なによ、皆。私は本気なんだから。願いは普通に結婚して、子供産んで、家を建てておばあちゃんになることなの。世間一般的な幸せで良いの」
皆が戸惑っている雰囲気を察したのか、美咲が力説した。
普通がどれほど難しくて、幸せで羨ましいことかを。親がダブル不倫中で、家の中がギスギスしている美咲には眩しく感じたのだろう。
明るく美咲は振る舞うが、たまにため息を吐いている。本人も気づかない内に。
「……あのさ、白川。お前の好きな人って、前に聞いた社会人で優柔不断男だろ? あんまり言いたくないけど止めとけよ。お前を迎えに来た時、一回だけ見たけど……微妙だったぞ」
慎吾はどうやら美咲の好きな人を知っているようだ。
しかも、相手が気にいらないらしい。
「ちょっと赤谷。約束はどうしたのよ?」
「翠子にバレた時点で約束は破棄だ」
「なんで! あんなに私は頑張ったのに酷い!」
憤慨する美咲を遮って、慎吾が碧理達に説明を始める。
慎吾が言うには、出席日数が足りない者同士の補習で美咲と知り合った。
席が隣同士で気が合い、何回か会う内に身の上話をする仲になったと言う。主に、お互いの恋愛相談を。
そこで二人の間に契約が発生した。
慎吾は、翠子と別れるために美咲に彼女の振りを。美咲は……何があっても自分の味方になって、彼氏の前で自分と親し気に振る舞って欲しいと。
「……慎吾はわかるけど、白川は何でそんな交換条件を?」
蒼太が不思議そうに首を傾げた。
結婚したいと願うなら、彼氏の前で他の男といるのは不自然だ。反対に愛想を尽かされる恐れもある。
「それはね。……彼が少しでも嫉妬してくれたら良いなあって思ったの。でも彼の反応は微妙だった」
口を尖らせた美咲の姿から、上手くいかなかったことがわかった。
それでなくとも、高校生と社会人では関わっている世界が違う。その年齢差が次第に重荷になり、わずらわしくなることもある。
「一回だけ、俺と一緒にいた所を見せたんだ。そしたらその男、あからさまに安心した顔を見せて帰ったんだよ。それ以来会ってないんだろ? 止めとけ、そんな男」
慎吾がまるで美咲の保護者のように、口煩く心配を始めた。
よほど、その家庭教師が微妙だったようだ。
「だって、好きなんだもん。赤谷も翠子さんを諦めないように、私も諦めたくないの! あ、次の駅で降りるよ。乗り換えだから」
五人で話し込んでいると、アナウンスが流れる。
美咲が告げると、四人が戸惑ったまま頷いた。
「この話しは終わりね。行く……よ。えっ?」
立ち上がった美咲は、四人ではなく別の方向を見ている。
そして、その顔つきが強張っていく。まるで幽霊をみたかのような驚きように、四人も美咲の視線の先を追った。
そこには美咲と同じように、驚き固まっている一人の若い男性の姿。
スーツを着ている所を見ると仕事のようだ。
「なんで、こんな所に……」
小さく呟いた美咲の声は震えていて、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「まじかよ……。なんだよ、この偶然」
そして、美咲の後ろでは慎吾が茫然と呟いていた。
「……美咲」
男性は困ったような顔をしながら近づいて来ると、苗字ではなく美咲の名前を親し気に呼んだ。