「あの。どうしたの? 森里君?」
 
 意を決した蒼太は神妙な面持ちで切り出した。
 
「……花木さんと僕は、いつから付き合っていたのか教えて欲しいんだ。あの日からずっと気になっていて」
 
 そう言われて碧理は固まった。そして、そわそわと落ち着きがなくなった。
 碧理は思い出す。
 
 一昨日、公園で思わず「付き合っていた」と嘘をついてしまったことを。
 
「あ、あの。ご、ごめんなさい。あれは嘘なの。私達、付き合っていないから……。その、安心して?」
 
 顔を真っ赤にさせながら、碧理は頭を下げる。
 穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。そうだったら良いと思った願望を、つい記憶がない蒼太に言ってしまい、羞恥心で死にそうだった。
 
「そうなんだ? 真実かと思った……」
 
「……ごめんなさい。つい、その、言ってしまって」
 
 消え入りそうな声で語尾が震え、碧理は顔を上げられない。

 これでは、自分から蒼太が好きだと言っているようなものだと気づく。
 ずっと心の中に秘めた想いは語られることなく消えるはずだった。なのに、あの時、思わず声になった。
 
 そのことが恥ずかしくて、碧理はたまらない。
 
「あのさ。二カ月前、記憶のない三日間の間に、僕は……花木さんに何か言ったりした? その……好きだとか?」
 
「えっ?」
 
 驚きすぎて碧理は顔を上げた。
 そして思い出してしまった……あの日のことを。さらに顔に熱が集まる。
 今の碧理は林檎のように真っ赤だ。
 
 あの時のことを思い出すと、照れてしまって恥ずかしい。でも、とても嬉しかった。
 
「花木さん。……顔、真っ赤。僕は何か言ったんだ?」
 
「それは……」
 
「教えて欲しいな」
 
 挙動不審な碧理の態度が、そう言うことがあったと全てを物語っている。だが、本人は中々頷かない。
 
 碧理は少しでも冷静になり顔のほてりを冷まそうと、両手を頬にあてた。落ちつくようにと深く深呼吸をする。
 
 そして、また嘘をつく。
 
「――ううん。何も言ってないよ」
 
 そう言うと胸が少し痛い。
 
 でも、今の蒼太には伝えることが出来ない。蒼太が事故に合う前に、碧理に告白した事実は教えないことにした。なぜなら、あの時と状況が異なるからだ。
 
 一緒に過ごした三日間は、蒼太の記憶から消え去っているのだから。
 恋が叶った瞬間はあの状況だからこそ生まれた。だから、今の二人の微妙な関係では何も起こらない。
 
「……本当に?」
 
「うん。本当だよ」
 
 碧理がそう言うと、蒼太は少し困った様子を見せる。
 
「……わかった。僕もこれで帰るね。また連絡するから。身体に気を付けて。何かあったら連絡してくれて大丈夫だから」
 
「ありがとう。気を付けて」
 
「あ、見送りはいらないよ。ゆっくり休んで」
 
 そう言うと、蒼太が出て行く。
 
 それから一週間後、五人全員が保護者からの許可を貰い、秋の三連休に出掛けることが決まった。