「学校さぼったの? あとで親に連絡いくんじゃない? あ、赤谷は謹慎中だったか。アイス食べる?」
 
 一番学校に行っていないはずの美咲が、笑いながら三人を見た。そして、まるで自分の家のように、碧理の前に座布団を並べていく。
 
 すると、美咲は当たり前のように真ん中に陣取った。その隣に翠子が座り、翠子の隣には慎吾。必然的に美咲の反対隣は蒼太になった。
 慎吾や翠子、蒼太が緊張している中、美咲だけが呑気にアイスを配る。どうやら大量に買っていたようだ。
 
「これ美味しいからおススメなの。バニラとチョコレートと苺味。あ、翠子さんとは会った記憶がないから初めましてだよね? 私、白川美咲よろしく」
 
「高田翠子と申します。よろしくお願いします。あと、アイスもありがとうございます」
 
 翠子が行儀よく頭を下げる。
 
「気にせず食べてよ。美味しいよ、その苺味」
 
 自由奔放な美咲がいてくれて良かったと碧理は安堵した。
 美咲がいなかったら、部屋の中は重苦しい雰囲気だっただろう。更にギスギスしていたかも知れない。
 翠子と慎吾が美咲に促されアイスを口にする。そんな中、蒼太だけが碧理を見つめたまま口を開いた。
 
「……怪我は大丈夫? 倒れた時、凄い音がしたんだよ。大騒ぎになって、浜辺が大泣きしてたけど連絡した?」
 
 蒼太の説明を受けて、碧理は困ったような表情を浮かべた。
 瑠衣は昔から、少しだけ大げさに物事を捕える傾向がある。
 
 本人から連絡は来ていたが「大丈夫」だと一言伝えただけ。それ以降は返事を返していなかった。
 
 大量にメッセージは届いていたが、クラス中に噂が回ることが目に見えている。それも真実ではない尾ひれがついたものが。
 それを予想して、碧理は自分が学校へ行くまでは、体調不良を理由に連絡を絶つことに決めたのだ。
 
「うん、一回だけ。落ち着いたらゆっくり連絡するつもり」
 
「そう。そうしてやって。刹那も困っていたから」
 
 蒼太の友達の筧刹那は、彼女である瑠衣の対応に苦慮しているようだ。その姿も想像出来て、碧理は苦笑する。
 
「それで、聞きたいことがあるんだ。……これなんだけど」
 
 蒼太が鞄から出して来たのは赤いノート。あの文章が書かれている碧理のノートだ。
 
「あ、これ……」
 
 碧理は思い出す。
 蒼太と公園で会った時に忘れてしまったことを。
 
「中……見たんだ?」
 
「見た。やっぱり、花木が関わっていたんだね。ここにいる三人同様に僕も知りたい。あの三日間になにがあったのかを。教えて欲しい」
 
 真剣な表情の蒼太に、碧理は困ってしまう。
 言えないのは、全て蒼太のためだと喉元まで出かかった。
 だけど、皆が集まってしまった。
 
 碧理も覚悟を決める時なのかも知れない。でも、それを伝えなくても良いのならそうしたい。
 碧理は流れに任せることにした。
 言わなくても良いのなら、このままにしておこうと。全員が傷つかずに済むのだからと。
 
「……ノートを見たならわかると思うけど、ここにいる五人で『紺碧の洞窟』を目指したの。皆、叶えたい願いがあったから。森里君以外はね。森里君は、私達のことが心配で付いて来てくれた」
 
 碧理は語り出す。
 
 口にしたくない真実を言うために。
 碧理が蒼太を見ると真剣に話を聞いている。
 その姿を見ていると手が震えて、思わず布団を握り締めた。
 
「ちょっと待って。私にもそのノートを見せて」
 
 美咲がアイスを置くと、蒼太からノートを渡される。
 あの言葉が書いてあるページをじっと見つめると、碧理を見た。
 
「……うーん。これだけ見てもやっぱり思い出せない。これを書いたのは碧理なの?」
 
「ううん。洞窟の管理人さん。……私もいつ書いたのか知らないの。管理人さんから教えて貰ったのは、願いが叶うと記憶が一つ失うってことだけ」
 
 そう。願いは叶った。
 でも、碧理だけ記憶は残ってしまった。なぜなのか、それは碧理自身もわからない。
 
「……じゃあ、私達四人が記憶を失ったのは願いを叶えたから?」
 
 美咲の問いに、碧理は強張った顔で頷いた。
 ここで嘘を付いても皆はわからない。
 大切な人を守る嘘なら許されるのではないかと。
 でも、頭とは反対に心はそれを拒否する。すると、自然と言葉になった。
 
「うん、叶ったの。でもね……願いは、それぞれが思っていたのと違う願いになった。アクシデントが起きて」
 
「アクシデント?」
 
 四人が碧理を見つめる。
 
 碧理の視線の先には蒼太がいた。
 本当にここで真実を伝えてしまって良いのか。それは酷く残酷なことではないのかと、碧理は葛藤する。
 
 
 知らなくても良い真実があるのではないかと。でも、隠すことは出来なかった。
 
 
「あの時、どうしようもなくて、死んだの……死んでしまったの」
 
 
 辛くて言いたくなくて、泣いてしまった碧理の言葉に四人が衝撃を受けた。