「可愛いですね。こんな服初めて着ました」
 
 満面の笑みを浮かべて満足そうに頷く翠子は、今人気のファストファッションのワンピースを身に付けている。
 
 生地はそこまでではないが、黒いワンピースはシンプルで低価格。何よりも今時のデザインでどの世代にも人気があった。
 碧理や美咲はよく利用するが、お嬢様の翠子は初めてらしい。何度も自分の姿を鏡やショーウィンドウに映して楽しそうだ。
 
 五人はまず、制服姿の翠子と慎吾の服を買うことにした。
 いつまでも制服でいると目立つからだ。しかも、翠子は有名なお嬢様学校。夜に補導でもされたら計画は頓挫する。
 
 制服や持ち歩いていて邪魔な荷物は、駅のロッカーへ預けた。帰りもこの駅を経由するから問題ないと、五人で判断した結果だ。
 
「慎吾君も良く似合っています」
 
 慎吾は翠子と同じ店で買った、シンプルな白のTシャツと黒のパンツ姿。翠子が何度も褒めるせいか、慎吾は照れているようで不愛想だ。
 
「じゃあ、行こうか。バス乗るよ」
 
 美咲の先導でバス停を目指す。
 
「今日はこのまま宿へ行くのか?」
 
 慎吾と蒼太が地図を広げて確認していた。
 男二人は、どうやら美咲に任せるのが不安らしく、スマホでも検索している。
 
「そうよ。ここの廃校よ。あ、人数増えるって連絡しといたから大丈夫だよ。でも、満室だったから男女一緒ね。個室にして良かったわ。男は床に寝てね」
 
 美咲が男二人に近づき胸を張って地図を見せた。
 
「それは構わないけど……廃校?」
 
「なんだ、それ。冗談だろ?」
 
 蒼太が首を傾げると、隣で一緒に話を聞いていた慎吾が顔を引き攣らせる。
 
「何が冗談なの? 本気だよ。この宿はね、冬は雪で埋もれて無理なんだけど夏限定でやってる宿なの。SNSで見つけたんだ。森の中の廃校で、夜は星が綺麗なんだって。映えるスポットってやつ。キャンプファイヤーも毎日やっているらしくて楽しそうでしょ?」
 
 興奮して説明する美咲に、あとの四人は戸惑いを隠せない。
 
「あの……。旅館やホテルではないのでしょうか? 私、廃校に泊まった経験がありませんので……正直不安です」
 
「大丈夫。私も初めてだから。廃校に泊まった経験ある人の方が少ないんじゃない? 口コミも良いから楽しみだね」
 
 翠子の戸惑いを含んだ声色を、美咲は一蹴する。
 
 碧理も泊まる場所までは確認していなかった。
 漫画喫茶かカプセルホテルにでも泊まると思っていたから、まさかの提案に狼狽えた。
 
「美咲、そこ本当に安全?」
 
 碧理が用心深く確認すると、美咲が大きく頷く。
 
「皆、心配しすぎ。あ、あそこのバス停だよ。向こうの街に着いたら食料買おう。ご飯はついてないから自炊だよ。今日は定番のカレーね。道具は全部貸してくれるんだって」
 
 そう言うと美咲は走り出した。
 それを慎吾と翠子が追い駆ける。碧理も走り出そうとすると蒼太に声をかけられた。
 
「……花木さん。白川と二人きりじゃなくて良かったでしょ?」
 
 碧理と肩を並べた蒼太が苦笑する。
 前方を走って行く三人を、碧理と蒼太が眺めながら歩き出した。
 
「うん。正直助かった。美咲と二人で廃校はきつかったかな。私、夜の学校苦手なの。だって、学校の七不思議とかあるじゃない? あれ聞く度に嫌になる」
 
 碧理も蒼太につられて苦笑いを浮かべた。
 
「ああ、怖いのが苦手なんだ。それだと不気味だよね。……花木さんは、願いが叶う洞窟で何を願うの? 叶えたい夢があるから白川と一緒にいるんだよね?」
 
「それは……」
 
 蒼太にどこまで伝えるか碧理は迷った。
 美咲には言ったが、それは同性同士で話しやすかったからだ。それに、あの時は、どうしても紺碧の洞窟へ行きたかったから勢いもある。
 親の再婚や家庭の事情を、蒼太にどこまで伝えて良いものか考え込む。
 
「そこの二人! バス来たよ。しゃべっていないで急いで!」
 
 すると、美咲の元気な声が聞こえた。
 その声に、碧理と蒼太は顔を見合わせて大急ぎでバス停へと向かった。
 
 
 



 
「まあ……。思っていたよりもまともですわね……」
 
 翠子が呟いた感想は、美咲を除いた全員の心の声だろう。
 
 今日、泊まる予定の廃校に無事に着いたのは、十九時を過ぎた頃。
 バスに乗り街に着くと、すぐにスーパーに寄った。
 カレーの食材とお菓子や飲み物を購入する。各自自分の分は自分で払い、カレーの材料は翠子のカードで支払うことになった。話し合った結果、後日、皆で割り勘にする案で落ちついたからだ。
 
 そして、やっとで廃校に辿り着いた。
 校門の前に立つとすぐに広い運動場が広がっている。
 
 その奥に見えるのが廃校だろう。
 木造建築が二つと、真新しいおしゃれな木造建築が一つ。
 
 説明によると、一つは大正時代に建てられて、もう一つは昭和に建てられたと言う。真新しい建物は管理棟。一階はカフェで早朝から夕方まで営業しているそうだ。
 泊まらなくても利用出来るらしく、朝から観光客や地元の人で賑わっている。
 
 宿泊施設は古い二棟。
 
 それぞれ一階に六室と二階に六室。それと、広い運動場にはキャンパー達もいるようで、テントを張っている姿も見える。
 その中心には、宿のスタッフと思われる数人の大人が火を燃やしている。
 キャンプファイヤーの準備だろう。その周りを十代から七十代までの老若男女が楽しそうに囲んでいた。
 
「あ、子供もいますね。正直心配でしたけど、これなら安心ですわ」
 
 翠子がほっと胸を撫で下ろす。
 
「……失礼ね。どんな所だと思っていたのよ。私も、危険な場所に泊まろうなんて思わないわよ」
 
「悪かった。廃校って聞くと、ホラーとか危ない奴らの溜まり場のイメージだろ。こんな変わった宿もあるんだな」
 
「外観は学校そのものだけど、中はリノベーション済みなんだよ。お化けみたいな廃屋イメージはないから安心して。さ、行こう」
 
 慎吾の安心した感想は、翠子のことを思ってだろう。
 正直、学校ではお嬢様育ちの翠子は眠れるか不安だ。あんなにも別れたいと言い張っていたのに、慎吾は常に翠子に寄り添い恋人そのもの。
 あの電車の中での騒動は一体何だったのかと、碧理は府に落ちない。
 
「花木さん、行こう。慎吾と翠子さんのことは考えない方が良いよ。あの二人は中学時代からあんな感じだから」
 
 さっきと同じように先を歩く三人の背中を見ながら、碧理と蒼太が後方を歩き出す。
 そういえば、慎吾と蒼太は中学時代からの友達だったと碧理は思い出す。それなら、あの二人の関係も知っているだろう。
 
「赤谷君も翠子さんも相思相愛って感じなのに、どうして別れたいんだろう」
 
「翠子さんの家は旧家でね。一人っ子の翠子さんが家を継ぐことが決まっているんだ。それだと必然的に結婚相手も自由に選べないんだって」
 
 蒼太は慎吾と仲が良いからか、二人の事情を良く知っていた。
 高校生でもう将来が決められている翠子に、碧理は同情した。それは、自由が一切ないと言うこと。
 全て親に決められ、この先も生きて行かなければならない息苦しさに、碧理は他人事ながら心配になった。
 
「それって……悲しいね。翠子さんは反抗しないの? 私なら嫌だな。逃げ出したくなる」
 
 今も逃げ出している碧理には、翠子の願いは、慎吾と一緒にいることではなく、自分と同じ「自由になること」なのではないかと思ってしまう。
 
「そうだね。でも、翠子さんは逃げないよ。彼女はご両親のことも好きだし、代々守ってきた家が何よりも大事なんだ。ああ見えて、彼女は強いから」
 
 慎吾にただ守られているだけのように見えた翠子に、電車では酷いことを言ったと、碧理は反省した。
 いつも誰かの後ろに隠れている、深窓のご令嬢のイメージは崩れた。
 
「意外……。じゃあ、翠子さんの叶えたい願いって何かな?」
 
「さあ。それは本人じゃないとわからないね。花木さんの願い事は何? こう言ったら何だけど、日頃から大人しい花木さんが、噂を信じて行動を起こしたのが意外でさ」
 
 蒼太は明るくそう言うが、心配そうに碧理を見つめている。
 
「……森里君は? 何で一緒に来てくれたの? 叶えたい願いがあるから?」
 
 碧理は答えられなくて、質問を質問で返した。
 
「僕の願いはないよ。願いは所詮、願いだから。叶えたい目標があるなら自分で努力して勝ち取った方が達成感あるから。僕はそっちの道が好みかな。……あ、ごめんね。花木さん達のことを否定している訳じゃないから」
 
 呟いた後、慌てて蒼太が弁解を始める。
 この旅の目的を全否定してしまい、碧理の機嫌を損ねてしまったのかと慌てたようだ。その様子が可笑しかったようで、碧理は笑ってしまう。
 
「気にしていないよ。森里君が慌てる姿、初めて見た。いつもクラスでは冷静なのに、慌てたりもするんだね。新鮮だったよ」
 
 ふわりと微笑む碧理に、蒼太が照れくさそうに顔を逸らす。
 
「……僕はそんなに冷静なイメージ? 意外なんだけど」
 
「そう? いつも友達と一緒にいるけど、皆が無茶しないように見守っているイメージだよ。大人なイメージ」
 
「自分ではそう感じないけど……。花木さんから見ると、そんな風に見えるんだ」
 
 はにかみながら笑う蒼太に、碧理は目が離せなくなる。
 図書館で会う度に気になって目で追い駆けて、そして今、完璧に恋に落ちた。
 
 そのことに気づいて、顔に熱が集まる。
 
「そう……? あ、皆、呼んでる。森里君、行こう」
 
 恋心を抑え、碧理が赤い顔を隠すように走り出した。
 笑顔で手を振っている三人の元へと。