「花木碧理。話がある」
 
 またかと碧理は顔を顰める。しかも、今度は昼休みだ。
 
 午前の授業が終わると、慎吾の突撃を恐れて碧理はすぐに椅子から立ち上がった。手にはお弁当を持ち、瑠衣に声をかけて出て行こうとした時、それは起こった。
 
 授業が終わったばかりの教室は、まだクラスメイトが全員揃っている。その視線は当たり前のように碧理と慎吾に集中する。
 連続して三日間。慎吾は碧理を訪ねて来ている。それだけでも噂の的なのに、今日は登校すると、更に新たな噂が追加されていた。
 
 ――花木碧理と赤谷慎吾は付き合っている。
 
 そのとんでもない噂に、碧理は辟易した。
 朝一からクラスメイトや瑠衣に取り囲まれ、すでに疲労困憊だ。午前の移動教室だけでも、碧理が歩くと、他クラスや別学年の生徒達が意味ありげな視線を送ってくる。
 
 その噂を否定しつつも、適当な言い訳は浮かばない。
 しかも、昨日の蒼太との件もあって、碧理は心底疲れていた。
 蒼太は蒼太で、碧理に話しかけるタイミングを探していたが、それを尽く碧理が避けていた。
 
 おかげで二人は目も合わない。
 そんな中での慎吾の来訪。碧理は逃げることに決めた。
 
「……瑠衣。私、早退するからよろしく。先生には適当に言っといて」
 
 後ろの席にいた瑠衣に声をかける。
 
「えっ? 碧理。えっ……大丈夫? 本当に顔色悪いけど」
 
「よろしく」
 
 暗い顔をして碧理が鞄を持って教室を出て行く。その様子をクラス全員が見送った。
 
「花木。……昨日の話をしたい」
 
 廊下に出ると、当然のように慎吾が通路を塞いだ。
 
「頭が痛いから帰る。どいて。もう、話したくない」
 
「花木!」
 
「……もう、お願いだからほっといてよ。赤谷君、それは思い出さなくても良い記憶だよ。……翠子に伝言頼んでも良い? 昨日は酷いこと言ってごめんなさいって伝えて。それと、諦めないでって」
 
 そう言うと碧理は歩き出した。
 
 だがそれだけで慎吾が納得するはずもない。
 三日連続で逃げようとする碧理を捕まえようと、すれ違い様に碧理の手を引っ張る。慎吾も連日の苛々が溜まり、その怒りを碧理にぶつけた。
 
「花木! いい加減に――」
 
「えっ?」
 
 後ろから腕を掴まれ、碧理は体勢を崩した。
 
 いきなりのことで受け身もとれず、そのまま思いっきり固い廊下に背中から倒れ込んだ。
 頭を打つ鈍い音が耳に届く。
 
 
 後頭部に痛みが走り、碧理の意識はそこで途絶えた。