八神くんは「違う?」と涼しい顔で聞いてくるので慌てて首を横に振った。
すると体育館から休憩の終わりが近付く先輩の声が聞こえ、我に返ると焦った手つきで自動販売機に小銭を投入する。


「部活の邪魔しちゃったみたいだから教室戻るね。頑張って」

「う、うん」


ありがとう、とお礼を口にすると彼は「何に?」と笑いながら購入したジュース片手にその場を去っていった。
前々から八神くんに対する感情の名前が分からなかったけど、なんだか今その尻尾を掴んだ気がする。

八神くんは他の男の子と違って私のことをちゃんと女の子扱いする。それはきっと私が香耶でも一緒で、きっと差別をしない人間なのだろう。
彼にそんなつもりはなくても受け取り手の私はそういう風に感じた。

だからそのことで私が嬉しいと感じても、それは彼には関係ないことで……


「(でも……)」


それでも何故か「ありがとう」と感謝を伝えたくなってしまった。
八神くんの周りに人が集まる理由が分かった。ただ明るいだけじゃなくて、彼は人の本質を見抜いているから変に自分を偽る必要がないんだ。

最初はそれが怖いと感じていたけど、私が勝手に彼の前で偽りの自分を作ろうとしていたから。

うん、きっとそう。そう言い聞かせてスポドリのボタンを押した。
ゴトンと音を立てたペットボトルを眺めていると何処かからか視線を感じ顔を上げる。

感じた視線の先を追うと校舎の壁に弓道の袴の先が消えていくのが見えた。