「まぁ初参加でご存じなかったということなら、今回は大目に見ます。でも本来は、最後まで自力で競技を終えなければならないということを、次回からは頭に入れておいてくださいね」
 白の半袖と黒の半パンのユニフォーム姿の、マーシャルと呼ばれる審判員の男性が、完走後に渡される白のバスタオルに身をくるんだ二人に向かって言った。
「はい、すみません……」
 二人は恐縮しきりである。
「いいんですよ、大切に思っている人が、自分の目の前で足を引き摺っているのを見て、助けてあげたくなる気持ちもわかります。それよりお二人とも、よく最後まで走り抜きましたね」
「皆さんのおかげです、みんなが応援してくれたから」
 T氏が言った。
「あたたかいでしょう、この島の人たち」
 にこやかにそう言うと、マーシャルの男性は二人から離れていった。
「だから先にゴールしててって言ったじゃないの! 危うく失格になるところだったわよ!」
「ごめん、悪かったよ……」
「まあいいわよ、私も知らなかったし……」
 今回問題となったのは、足を引き摺るU子にT氏が腕を貸し、U子がその腕に掴まりながら、二人で並走してゴールまで走ったことである。この行為が、競技規則で定められている「個人的援助の禁止」に抵触するとして、二人はゴール後にマーシャルから注意を受けたのである。
 最も、マーシャルの寛大な措置により、二人はゴールしたことが認められ、完走証が無事与えられたのであった。
 薄緑色の芝生が敷き詰められた広場に、清らかで伸びのあるアナウンスが響き渡る。
「六〇代男性の部、第一位……」
 T氏が海側に設置されたステージの方を見る。その視線の先では、ランの途中の激坂でT氏に助言を授けた初老の男性が、プレゼンターから表彰を受けていた。
「すごいわね」
 U子が言った。
「僕、あの人から『歩き方』を教わった」
「『走り方』じゃなくて?」
 U子が不思議そうな表情で尋ねる。
「激坂で走れなくなったときはこうするんだよ」
 T氏はそう言うと、バスタオルを肩に掛け、周囲をグルっと歩いてみせた。
「こんなふうに、腕を大きく振って大股で」
 T氏は得意げにU子に言った。
「ふうん」
 U子はT氏をまじまじと見ながら言った。
「お腹空いたね、屋台で何か買って食べようよ」
 T氏が言った。
「そうね、でもその前に着替えたい」
 U子が言った。
「じゃあ着替え取りに行こうか」
 そう言うとT氏は、荷物を預けてあるテントに向かって歩き始めた、今日覚えたばかりの「歩き方」で。
「ちょっと!」
 U子が後ろから叫ぶ。
「私、足挫いているんだけど! こういうときは置いていくのね!」
「あ、そうだったね……」
 T氏はU子の所に戻った。
 互いに寄り添うように横に並んだ二人は、産まれたてのひよこのように、この島がもたらすぬくもりに包まれながら、よちよちと歩いていった。


〈了〉


〈参考文献〉
・加藤健志『DVD上達レッスン 水泳』成美堂出版,2011年
 第二章の水泳の場面におけるストリームラインの作り方等につきまして、参考にさせていただきました。
・白戸太朗『トライアスロンスタートBOOK』枻出版社,2012年
 本文中の「トライアスロンは努力次第で誰にでも完走できる」という記述は、上記の書のp.8の「トライアスロンは誰にでもできる!」から着想を得たものです。

 加藤健志氏、白戸太朗氏に対しまして、厚く御礼申し上げます。

 また、エピローグ中の「個人的援助の禁止」に関しましては、「社団法人 日本トライアスロン連合 競技規則 第27条 個人的援助の禁止」に基づくものです。なお、競技中の事故等の緊急時における援助の提供に関しましては、この「個人的援助の禁止」には含まれません。