白い鳥が、白い橋の前を横切った。何の鳥かは、T氏にはわからなかった。白い橋が、遣いを寄越して僕を呼んでいるんだと、T氏は都合の良いように解釈した。
 T氏は橋を渡り始めた。T氏は走りながら、今日出会った人たちのことを頭に浮かべていた。正しいコースに導いてくれるスタッフたち、水やスポーツドリンクを用意してくれるスタッフたち、沿道で応援してくれる人たち、一緒にレースを走る競技者たち……。それら全てにT氏は真底感謝した。早くゴールテープを切りたい、でもまだゴールしたくない、この素晴らしいコースをまだ走っていたい……そんな気持ちが、T氏の心の中で渦巻いていた。
 
 T氏は橋を渡り切り、元いた島に再び戻った。ゆっくりだが、着実に、ゴールへと向かっていった。
 残り1㎞の看板を過ぎた。あともう少しだと思った矢先、見覚えのある後ろ姿を、T氏は視界に捉えた。それは、ピンクのバイクジャージの、後ろ髪を一つに束ねた美女であった。
 T氏が距離を詰め、ついに横に並んだ。
「もうとっくにゴールしてるかと思ってた」
 T氏が声をかけた。
「急な下り坂があったでしょ、あそこで勢い余って足くじいちゃった」
 U子が顔を歪めながら答えた。
「あなた、先にゴールしちゃってよ」
 すぐにまたU子が言った。
「今回は君と一緒にゴールしてやる」
 T氏もすぐに返した。
「そんなのいいから」
「君とゴールしたいんだ」
「………………」
「………………」
 ………………。
「わかったわよ、腕貸しなさいよ」
「喜んで」
 T氏はU子との距離を縮めた。U子は右手でT氏の腕を掴んだ。二人はゴールへと向かってゆっくりと進んでいった。T氏がチラっとU子のほうを見る。共に同じリズムを刻みながら、そのリズムの中で揺れるU子の髪は、やはり綺麗だな、とT氏は思った。



 このようなT氏の独りよがりの優しさが原因で、トライアスロン本来のルールに厳密に則るならば、二人は失格になるはずであった。