卵を割ると雛が出てくるようになってから二週間が経ったこの日、T氏の姿は、とある養鶏場にあった。採用面接を受けに来たのだ。
履歴書持参の指示を事前に受けていたT氏であったが、面倒くさくて先延ばしにしているうちに、ついに書かなかった。代わりに、スーツの上着の左右のポケットに一つずつ、鶏卵を忍ばせておいた。
「それでは履歴書を……」
面接官が言い終える前にT氏は右ポケットから卵を取り出した。
「卵じゃなくて履歴書を……」
T氏、目の前の机に卵を打ち付ける。
「ちょっと君、何をする気だ!」
机の上には鶏の雛、ではなく、立派な親鶏の姿があった。面接官が驚いたのはもちろんのこと、これにはT氏も驚いた。
「こ、ここはマジシャンの面接会場ではないよ、マジックならよそでやってくれ」
「マ、マジックではありません、鶏の卵を割ると、こ、こうなるんです」
「そ、そんな訳あるか、マジックでないなら、うちの卵でやってみろ」
そう言うと、面接官は部屋を飛び出した。程なくして、十個入りの卵パックを手に持ち、再び戻ってきた。
「さあ割れ! すぐに割れ! ちょっと待ってくれなんてなしだぞ!」
面接官はT氏に、持ってきた卵のうちの一つを握らせた。T氏は言われた通りすぐに割った。
「コケコッコーーーー!」
威勢の良い鳴き声が部屋中に響き渡った。
「そ、そんな……馬鹿な……」
面接官は、しばらく放心状態であった。T氏は黙ったまま、内心、早く解放してくれないかなと思った。
「きょ、今日はとりあえず帰ってもらっていいです、後日また連絡します」
面接官は、かろうじて言葉を絞り出した。言われた通り、T氏は部屋を出た。履歴書について突っ込まれなくて、安堵したT氏であった。
採用面接の数日後、T氏のケータイに養鶏場からの着信があった。T氏は眠い目を擦りながら電話に出た。
「ふぁい、もしもし」
「あ、もしもし、Tさん、今いいかな」
面接官の声であった。
「はい」
「こないだは動揺してしまって大変失礼したね」
「はい」
「……面接の結果を伝えるために今電話しているんだけど、Tさんに是非うちで働いてほしいと思って」
「わかりました」
「働いてくれるかい、それは助かるな。早速で悪いんだけど、明日から来てもらえるかな」
「準備とかが……」
「準備なんて何も要らない。ただ君さえ来てくれればいいんだ。もちろん服装も自由だ」
「わかりました、何時に行けばいいですか」
「九時でどうだ」
「朝のですか」
「あ、あぁ、そうだよ」
「わかりました」
「よかった、じゃあ明日からよろしく。電話切るよ」
「はい」
電話を終えたT氏は、ニートでいられる残り約二〇時間を有意義に過ごすべく、本棚から漫画を取り出し、ベッドに寝転んだ状態で読み始めた。服装自由とは、フリーダムな企業だな、とT氏は思った。
履歴書持参の指示を事前に受けていたT氏であったが、面倒くさくて先延ばしにしているうちに、ついに書かなかった。代わりに、スーツの上着の左右のポケットに一つずつ、鶏卵を忍ばせておいた。
「それでは履歴書を……」
面接官が言い終える前にT氏は右ポケットから卵を取り出した。
「卵じゃなくて履歴書を……」
T氏、目の前の机に卵を打ち付ける。
「ちょっと君、何をする気だ!」
机の上には鶏の雛、ではなく、立派な親鶏の姿があった。面接官が驚いたのはもちろんのこと、これにはT氏も驚いた。
「こ、ここはマジシャンの面接会場ではないよ、マジックならよそでやってくれ」
「マ、マジックではありません、鶏の卵を割ると、こ、こうなるんです」
「そ、そんな訳あるか、マジックでないなら、うちの卵でやってみろ」
そう言うと、面接官は部屋を飛び出した。程なくして、十個入りの卵パックを手に持ち、再び戻ってきた。
「さあ割れ! すぐに割れ! ちょっと待ってくれなんてなしだぞ!」
面接官はT氏に、持ってきた卵のうちの一つを握らせた。T氏は言われた通りすぐに割った。
「コケコッコーーーー!」
威勢の良い鳴き声が部屋中に響き渡った。
「そ、そんな……馬鹿な……」
面接官は、しばらく放心状態であった。T氏は黙ったまま、内心、早く解放してくれないかなと思った。
「きょ、今日はとりあえず帰ってもらっていいです、後日また連絡します」
面接官は、かろうじて言葉を絞り出した。言われた通り、T氏は部屋を出た。履歴書について突っ込まれなくて、安堵したT氏であった。
採用面接の数日後、T氏のケータイに養鶏場からの着信があった。T氏は眠い目を擦りながら電話に出た。
「ふぁい、もしもし」
「あ、もしもし、Tさん、今いいかな」
面接官の声であった。
「はい」
「こないだは動揺してしまって大変失礼したね」
「はい」
「……面接の結果を伝えるために今電話しているんだけど、Tさんに是非うちで働いてほしいと思って」
「わかりました」
「働いてくれるかい、それは助かるな。早速で悪いんだけど、明日から来てもらえるかな」
「準備とかが……」
「準備なんて何も要らない。ただ君さえ来てくれればいいんだ。もちろん服装も自由だ」
「わかりました、何時に行けばいいですか」
「九時でどうだ」
「朝のですか」
「あ、あぁ、そうだよ」
「わかりました」
「よかった、じゃあ明日からよろしく。電話切るよ」
「はい」
電話を終えたT氏は、ニートでいられる残り約二〇時間を有意義に過ごすべく、本棚から漫画を取り出し、ベッドに寝転んだ状態で読み始めた。服装自由とは、フリーダムな企業だな、とT氏は思った。