どのくらい経ったのか、榊さんがちらりと俺を見た。俺が黙って彼女を見つめていると分かると、目を閉じて、諦めたように大きく息をついた。それを見て、 “勝った!” と思った。

「具合が悪くなりそうって……本当?」

なんとなく恨めしそうな顔をされている気がする。俺がウソをついて聞き出そうとしていると思っているのか?

「ウソじゃありませんよ! ここのところずっと胃のあたりが重くって」

真実だと分かってもらうために、胃のあたりを押さえてみせる。すると、今度は情けなさそうな顔をした。

「ああ……、ごめんなさい。でも、全然そんな重大なことじゃないんだよ。紺野さんに心配してもらうような話じゃないの。ただみっともないだけで」

やっぱり言いたくないらしい。困った顔をして、懸命に俺を説得しようとする。

「重大なことじゃないなら、話してくれてもいいじゃないですか」

つい、恨みがましい言い方になってしまった。だけど、こんなに心配してるんだから、それは許してほしい。

「いや、だけど、ちょっと……」

苦しそうに、断ろうとする榊さん。でも、ここまで来たら引き下がれない。

(最終手段だ。)

「俺の胃に穴が開いてもいいんですね?」

脅しだと分かっている。だけど、まるっきりウソというわけじゃない。

「え?」

彼女は驚いた顔をした。

「教えてくれないと、気になって仕方がないんです。胃に穴が開かなくても、不眠症になるかも」
「そんな……」

俺を見つめる榊さんの表情には、たくさんの感情が混ざっている。“信じられない!” “困った。” “どうしよう?” “ずるいよ。” etc ……。

しばらく俺を見つめていてから、最後にほっと息をついた。そして、困った子どもに話しかける先生みたいな顔をして言った。

「紺野さん?」
「はい?」
「あのね、悩んでるあたしに、紺野さんがもう一つ悩みを増やしてるって分かってる?」

あ、そうか……と思ったけど、ここで納得してはいけない。自分の健康を守るために、ここで諦めるわけにはいかないんだ。

「でも、話してくれれば、一つは解決します」
「う……」
「それに、最初の悩みにだって、俺が相談に乗れるかも知れないじゃないですか」

俺の言葉を聞いて、榊さんはがっくりとうなだれてしまった。俺が、話を聞くまで諦める気はないと分かったからだろう。やがて、

「誰かに話して解決するようなことじゃないんだけど……」

とつぶやいた。

でも、俺にはこれで自分が目的を達成したことが分かった。榊さんは、俺に悩みを話してくれる決心をしたのだ。

   * * *