もちろん、そうなのだろう。あれが怖さのあまりの行動だったということは、俺も承知している。でも、それを謝る今の榊さんからは、今までと違うものを感じる。

(寺下さんの一言が効いたのか……?)

榊さんが考えていなかったこと。俺を職場の後輩以上の存在に変化させる言葉。

「榊さんて、意外と怖がりなんですね」

でも今は、何でもないように笑ってからかう。榊さんが俺に遠慮をしたりしないように。

それはちゃんと効果を発揮して、榊さんから気後れした様子が消えた。

「いつもはあれほどじゃないんだよ。今日は2連続だったから」

少しふくれた顔をして、榊さんが歩き出した。その隣に並びながら、俺は幸福感に包まれる。

「ああ、そうでした。最初に驚かせたのは俺でしたね。すみませんでした」
「まあいいけど、それは。心配して来てくれたんでしょう?」
「はい」
「じゃあ、いいよ」

少し怒ったような彼女の横顔が可愛い。

(もっと俺のことを考えてください)

心の中で言いながら、「はい」と想いを込めて返事をした。

職場に戻ると、六田さんが「無事だった?」と笑顔で訊いた。俺は「はい」と言ったのに、榊さんは、「紺野さんは音がしないように入って来たんですよ! もうびっくりして」と訴えた。

「紺野は自分も怖かったんじゃないのか?」
「え~? 六田さんだって、『俺は行けない』って言ったじゃないですか」
「そうだっけ? あははははは!」

明るく笑う六田さんの声を聞いて、やっと現実の世界に戻って来たような気がした。

榊さんはぐったりした表情で、疲れたからもう帰ると言った。それを聞いた六田さんも上がると言い、そのまま3人でラーメン屋に寄って帰った。

倉庫で足音を聞いたときに榊さんが俺を頼りに思ってくれたのだと気付いたのは、彼女が電車を降りてからだった。あの場合、ほかに選択肢がなかったし、普段の生活とはちょっとかけ離れた出来事ではあったけど。

それでも、俺はそれなりに役目を果たしたのではないかと思う。そのこともエレベーターから降りたときの彼女の態度が違っていたことの原因の一つになったのではないかと。だとしたら、やっぱり俺たちの関係は少しずつだけど進んでいるのだ。