「これからも今までどおりに仲良くできるように、です。ほら、友達と喧嘩して仲直りしたあとに、一緒に何か食べたりしませんか?」
『あ、ああ、ええ……。』
榊さんもなんとなく理解はしたらしい。とは言っても、俺がそんなことをしたのは高校生のころが最後だけど――と思って気付いた。
もしかしたら、榊さんは誰かと喧嘩なんかしたことがないのかも知れない。自己主張をしない榊さんが、喧嘩になるほど他人と意見を戦わせるなんてことは、きっとないのだ。
『ええと……?』
まだ迷っている彼女の声が聞こえて我に返る。そこで、一気に話の主導権を握ろうと決心した。急いで頭の中のメモをたどる。
「俺、行ってみたいところがあるんです」
『え、ああ、そうなの?』
「はい。俺一人では行きづらいところで」
『……どこ?』
警戒された? もしかして、怪しい場所だと誤解されたかも。
「あ、あの、変なところじゃありません。デパートです」
『デパート? どうして一人で行けないの?』
榊さんの口調がいつもの調子に戻る。
「靴売り場。女性用の』
『え? なんでそんなところ?』
「だって、榊さんが男の店員がいるって言うから」
『え? 意味がよく……?』
俺が答えるたびに、「え?」と訊き直す榊さん。そんなところにも彼女の混乱ぶりがうかがえる。
「榊さん、言ったじゃないですか。男の店員が、靴を履くのを手伝おうとするって」
『あ、ああ、はい、そうだね』
「だから」
『それを見たいの?』
「はい」
『へえ……』
感心したようなつぶやき。でも、OKしてくれたわけじゃない?
(あ)
ふと、閃くものがあった。
「あのぅ……、ダメですか? こんなこと頼めるのは榊さんしかいないんですけど……」
おずおずと尋ねてみる。すると。
『あ、え、いえ、そんなことはないけど……』
(やった!)
思わずにんまり。最後は俺の作戦勝ちだ。
「よかった。ありがとうございます」
『え、ええ、ああ、はい。いいえ』
「じゃあ明日、10時に……ええと、榊さんがいつも行くデパートはどこですか?」
『あ、ええと、だいたい三浜が丘だけど……』
三浜が丘。榊さんの使っている駅と会社の最寄駅のあいだにある駅だ。3つの路線が乗り入れていて、デパートは3軒あったはず。ほかにもショッピングビルや地下街が。買い物も食事も、あそこなら困ることはない。
「じゃあ、三浜が丘の東口交番前で10時に」
そこでわざと、「いいですか?」という言葉を省いた。
「よろしくお願いします」
『あ、ええ、あの、こちらこそ』
「じゃあ、失礼します」
『はい……』
電話を切った表示が現れた画面を見ながら、再びにんまりしてしまう。
(分かった気がする……)
榊さんにどういう態度で接すればいいか。……というか、榊さんの弱点が。
明日が楽しみだ。すっかりデートの気分。
(そうだ! 何を着て行こう?)
服を選ぶのに気合いが入るのなんて久しぶりだ!
* * *
(どんな顔をして来るんだろう?)
日曜日の朝9時45分。三浜が丘の東口交番の前で、そわそわしながら榊さんを待っている。
きのう誘ったとき、榊さんがちゃんと納得していたわけじゃないということは十分に分かっている。きっと今だって、心の中で首を傾げているだろう。
それに、もしかしたら、休日に男とふたりきりで出かけるのは初めてかも知れない。学校の用事や仕事ではあったかも知れないけど、完璧なプライベートでは。
だから今日は、彼女の警戒を解くことが第一の目標。あくまでも、<俺の興味を満足させるため>だけに誘ったと信じてもらう。
それが上手く行ったらランチに誘いたい。
そこでも微妙な話題は出さずに、とにかく楽しく。休日に俺と一緒にいることが当たり前のことのように感じてもらえたら、第二の目標達成だ。
できたらそのあとも、一緒に歩きまわりたい。服や雑貨を見たり、甘いものを食べたり。その間に何か俺を見直してもらえるようなことがあるといいけど……、今日のところはあまり欲張らない方がいいだろう。
(うん。焦らずに、無理をせずに、だからな)
きのうの電話の途中で思い出した、榊さんの性格。それをあの場で試してみて、これなら上手く行くかも知れないと気付いた。
しっかり者の榊さんは、他人に頼ることに慣れていない。そもそも、頼ろうとは思っていない。それは最初から分かっていたことだった。
だから、急に「頼ってほしい」って言ったって無理なのだ。俺に期待しないからと言って責めるのは、大きな間違いだった。
逆に、他人に頼られることは、彼女にとっては普通のこと。そして、親切で優秀な彼女は、頼まれればたいていのことはできてしまう。だから、余程のことがない限り、他人の頼みを断ることはない……というか、そもそも断るという選択肢がないのだ。それが彼女のいいところであり、同時に弱点でもある。
つまり、榊さんともっと仲良くなるには、彼女を頼ればいいってこと。“頼る”……というよりも、俺の場合は “甘える” に近いかも知れない。もちろん、どこまでなら大丈夫かを見極めながら、だけど。
『あ、ああ、ええ……。』
榊さんもなんとなく理解はしたらしい。とは言っても、俺がそんなことをしたのは高校生のころが最後だけど――と思って気付いた。
もしかしたら、榊さんは誰かと喧嘩なんかしたことがないのかも知れない。自己主張をしない榊さんが、喧嘩になるほど他人と意見を戦わせるなんてことは、きっとないのだ。
『ええと……?』
まだ迷っている彼女の声が聞こえて我に返る。そこで、一気に話の主導権を握ろうと決心した。急いで頭の中のメモをたどる。
「俺、行ってみたいところがあるんです」
『え、ああ、そうなの?』
「はい。俺一人では行きづらいところで」
『……どこ?』
警戒された? もしかして、怪しい場所だと誤解されたかも。
「あ、あの、変なところじゃありません。デパートです」
『デパート? どうして一人で行けないの?』
榊さんの口調がいつもの調子に戻る。
「靴売り場。女性用の』
『え? なんでそんなところ?』
「だって、榊さんが男の店員がいるって言うから」
『え? 意味がよく……?』
俺が答えるたびに、「え?」と訊き直す榊さん。そんなところにも彼女の混乱ぶりがうかがえる。
「榊さん、言ったじゃないですか。男の店員が、靴を履くのを手伝おうとするって」
『あ、ああ、はい、そうだね』
「だから」
『それを見たいの?』
「はい」
『へえ……』
感心したようなつぶやき。でも、OKしてくれたわけじゃない?
(あ)
ふと、閃くものがあった。
「あのぅ……、ダメですか? こんなこと頼めるのは榊さんしかいないんですけど……」
おずおずと尋ねてみる。すると。
『あ、え、いえ、そんなことはないけど……』
(やった!)
思わずにんまり。最後は俺の作戦勝ちだ。
「よかった。ありがとうございます」
『え、ええ、ああ、はい。いいえ』
「じゃあ明日、10時に……ええと、榊さんがいつも行くデパートはどこですか?」
『あ、ええと、だいたい三浜が丘だけど……』
三浜が丘。榊さんの使っている駅と会社の最寄駅のあいだにある駅だ。3つの路線が乗り入れていて、デパートは3軒あったはず。ほかにもショッピングビルや地下街が。買い物も食事も、あそこなら困ることはない。
「じゃあ、三浜が丘の東口交番前で10時に」
そこでわざと、「いいですか?」という言葉を省いた。
「よろしくお願いします」
『あ、ええ、あの、こちらこそ』
「じゃあ、失礼します」
『はい……』
電話を切った表示が現れた画面を見ながら、再びにんまりしてしまう。
(分かった気がする……)
榊さんにどういう態度で接すればいいか。……というか、榊さんの弱点が。
明日が楽しみだ。すっかりデートの気分。
(そうだ! 何を着て行こう?)
服を選ぶのに気合いが入るのなんて久しぶりだ!
* * *
(どんな顔をして来るんだろう?)
日曜日の朝9時45分。三浜が丘の東口交番の前で、そわそわしながら榊さんを待っている。
きのう誘ったとき、榊さんがちゃんと納得していたわけじゃないということは十分に分かっている。きっと今だって、心の中で首を傾げているだろう。
それに、もしかしたら、休日に男とふたりきりで出かけるのは初めてかも知れない。学校の用事や仕事ではあったかも知れないけど、完璧なプライベートでは。
だから今日は、彼女の警戒を解くことが第一の目標。あくまでも、<俺の興味を満足させるため>だけに誘ったと信じてもらう。
それが上手く行ったらランチに誘いたい。
そこでも微妙な話題は出さずに、とにかく楽しく。休日に俺と一緒にいることが当たり前のことのように感じてもらえたら、第二の目標達成だ。
できたらそのあとも、一緒に歩きまわりたい。服や雑貨を見たり、甘いものを食べたり。その間に何か俺を見直してもらえるようなことがあるといいけど……、今日のところはあまり欲張らない方がいいだろう。
(うん。焦らずに、無理をせずに、だからな)
きのうの電話の途中で思い出した、榊さんの性格。それをあの場で試してみて、これなら上手く行くかも知れないと気付いた。
しっかり者の榊さんは、他人に頼ることに慣れていない。そもそも、頼ろうとは思っていない。それは最初から分かっていたことだった。
だから、急に「頼ってほしい」って言ったって無理なのだ。俺に期待しないからと言って責めるのは、大きな間違いだった。
逆に、他人に頼られることは、彼女にとっては普通のこと。そして、親切で優秀な彼女は、頼まれればたいていのことはできてしまう。だから、余程のことがない限り、他人の頼みを断ることはない……というか、そもそも断るという選択肢がないのだ。それが彼女のいいところであり、同時に弱点でもある。
つまり、榊さんともっと仲良くなるには、彼女を頼ればいいってこと。“頼る”……というよりも、俺の場合は “甘える” に近いかも知れない。もちろん、どこまでなら大丈夫かを見極めながら、だけど。