経理課には聞こえないように、声をひそめる。

「ん?」
「同窓会のこと、槙瀬さんには話したんですね」
「ああ、そうなの。まあ、成り行きでね」

軽く肩をすくめて。それからフッと軽く息を吐いて、淋しそうな顔をした。でも、それはすぐに消えて、あらたまった様子でパソコンに向かう。

(榊さん……)

なんだか急に切なくなって、心の中で呼びかけてみる。

辛いことは俺に話してください。俺、ちゃんと秘密は守っています。榊さんの役に立ちたいんです――。

マドレーヌを食べながら心の中で言ってみても、声に出さない言葉は、彼女に届かないのは当然だ。

彼女の横顔を見ていたら、槙瀬さんとの話が次々と浮かんできた。まだあまり時間が経っていないせいか、細かいところまではっきりと。

――俺が「結婚するか」って言ったら……。

「昨日、槙瀬さんが……」
「え? なに?」

振り向かれて、口に出しかけた話を慌てて引っ込める。

「槙瀬さんが、自分のことを “変わり者” だって言ってました」
「ああ」

俺の言葉に、分かったように榊さんが頷く。

「自覚があるのよね。ふふ」

その言葉と表情が、何故か胸に刺さる。

「 “変わり者” って言ったって、槙瀬さんはそれを楽しんでるんだもの。誰にも迷惑をかけてないし。何も問題ないよね?」
「え、ええ」
「本人だって、今さら “普通” の仲間入りをするつもりはなさそうだものね」
「ええ…、そうですね」
「ふふっ、それに、“普通” の槙瀬さんなんて想像できない。そんなの槙瀬さんじゃないよ」
「確かに……」

一言聞くごとに、心が沈んでいく。胸の中にモヤモヤがたまっていく。

榊さんは、槙瀬さんのことを理解している。理解して、気に入っている。

“気に入っている。”

どのくらいだろう?

榊さんは、槙瀬さんを好きですか? 結婚してもいいくらい好きですか?

この質問も、やっぱり声には出せなかった。俺が口出しをするような話ではないから……。



その週末は、なんとなくぼんやりと過ごした。

恋人と別れてから休日の自由を満喫していた俺だけど、この土日は何をやっても楽しくない。ふと気が付くと、榊さんと槙瀬さんのことを考えている。

(槙瀬さんは「いずれ」って言ってたけど……)

いつごろを想定しているんだろう? 俺よりも4歳年上なんだから、結婚を考えたって当然の年齢だ。

(お似合いだけどさ……)

だけど、どうにも落ち着かない。お似合いだと認める一方で、やっぱりどこか納得できない。そして、俺に秘密を打ち明けてくれたときの榊さんを思い出す。

(あのときは、俺が一番近くにいるような気がしたんだけどな……)

今まで見たことがない、弱気な、自信のない榊さん。同窓会に行きたくなくて、ひたすら悪い想像ばかりして。

(俺が役に立てる場面なんて、無いのかな……)

そのことが、とても淋しい気がした。