「槙瀬さんとか……俺のことは平気みたいなのに、どうしてでしょうね?」
動揺を隠しながら、話を続けるために質問を絞り出す。でも、俺が本当に訊きたいのはこんなことじゃない。槙瀬さんは榊さんのことを俺よりもしっかりと見ている。支えてる。それは――。
「対象外だからじゃないか?」
「……対象外?」
「そう。彼氏になる可能性がない相手、ってこと」
「あ……」
あの日に榊さんに言われた言葉がよみがえった。「年下だし」――。
榊さんの説明では、そういう意味ではなかった……と思った。けど。
同い年の男だけが苦手だということが不思議だった。もしも苦手な相手が “彼氏になる可能性” で選ばれているのだとしたら……?
「紺野は年下で、俺は変わり者。恋愛関係のことを考えなくていいから、気兼ねなく付き合えるんだろうな」
槙瀬さんの言葉で、胃にブスリと何かが刺さった気がする。
――対象外。
やっぱりそういうことなんだろうか? 俺は年下だから?
そういう関係を望んでいたわけではないけど、やっぱりちょっとショックではある。
(でも……、そうか……)
槙瀬さんも同じ立場? それを槙瀬さんは納得している? ってことは。
槙瀬さんは、自分を榊さんの相手として考えていたわけじゃないんだ。あくまでも気の合う友人として、榊さんをフォローしてあげてるってことだ。
「いや、そんな、槙瀬さんは変わり者なんかじゃないですよ」
急に気分が軽くなった。声に張りが戻った気がする。
「ははは、いいよ、気を遣わなくても。自分が普通の基準に合わないってことはく分かってるから」
「でも、変わり者っていうほどではないです。それに、俺は槙瀬さんが好きですよ」
「紺野はいいヤツだなあ。そんなことを言われたら、今日はおごらなくちゃならないか? あはははは!」
立場が同じだと分かっただけで安心するなんて、変だろうか? もしかすると、ふたりに仲間外れにされていたような気がしたからかな?
(あ、そうか……)
俺は今、榊さんの秘密を共有している。言ってみれば、槙瀬さんよりも榊さんと近いってことだ。そりゃあ、話してもらったのは無理矢理ではあったけど。
榊さんは、槙瀬さんには話してない。その部分は間違いない。
一人に話したら、同じくらい親しい友達に話すことだってあり得る。でも話していない。あの話は、榊さんと俺だけの秘密。
「次は冷酒にしませんか?」
「おう、いいな」
なんとなく、いい気分。
気分がすっきりしたら、食事もお酒もまた美味しく感じるようになった。それで勢いが付いて、榊さんのことをもっと話したくなった。せっかく話題が出たことだし、思い切って、彼女のことを訊いてみたい。
「榊さんて、いつも結婚とか彼氏の話になると、 “自分はいいの” って言うじゃないですか?」
「ん? ああ、そうだな」
「本当に結婚しないつもりなんでしょうか?」
「さあ、どうだろうな」
「あんなにいい人なのに……」
槙瀬さんは「ククク…」と笑いながら、グラスを口に運んだ。そのあとちらりと俺を見て、箸を手にとりながら言った。
「いい人か?」
「いい人ですよ」
言い返すと、またちょっと笑った。
「まあ、確かに仕事もできるし、性格も悪くない」
「ですよね?」
「見た目もそこそこ」
「え、あ、まあ」
“そこそこ” よりはもう少し上……かな。彼女の容姿を評価しようとしたことは今までなかったけど……。
「でも、女っぽさはない」
「え、でも、そこが榊さんらしいところじゃないですか」
「まあ……そうかな」
「そうですよ。変に色気のある人に比べたら、付き合いやすくていいと思いますけど」
「あはは、そうだな」
笑って同意したあと、槙瀬さんはなんとなくしみじみとした表情になって
「そうだよなあ……」
と言った。そして、笑顔で続けた。
「まあ、このままだったら、いずれ結婚するのもいいと思ってるけど」
――“結婚するのも”?
「は? 誰とですか?」
「あ? だから、榊と」
「え? 榊さんと……誰が?」
「俺だよ」
「はあ!?」
気付いたら、箸が折れそうなほど握りしめていた。なのに、そんなことを言った本人は、さつま揚げを美味そうに食べているだけ。
「や、やだなあ、槙瀬さん。急にそんな冗談言ったりして。あははは」
「そうか? そんなにあり得ない冗談じゃないと思うけどな、ははは」
「……本気ですか?」
「変か?」
けろりとした顔で俺を見る。
「気心も知れてるし、結構上手く行くと思うけどなあ」
――「上手く行く」って、そんなに簡単に……?
「そ、そうかも知れないけど……」
あまりにも急な内容で、頭の中が整理できない。いろいろな思いをかき集めて、なんとか言葉にする。
「さっきは……、た、“対象外” だって……」
「まあ、あいつはそう思ってるだろうけど、」
(「あいつは」? 「けど」?)
「俺が『結婚するか』って言ったら、『それもいいかもねー』って答えるんじゃないかと思うぞ」
(「思うぞ」って!)
なんでそんなに自信たっぷりなんだ!? 俺が気付かないところで、二人の間に何か取り決めがあったのか!?
「そうなんですか!?」
「まあ、たぶん」
「い、いつから?」
「いや、特には……」
「あの……、す、好き……なんですか? 榊さんのこと」
「あー、どうかなあ?」
(なんだ、そりゃ!?)
何も確かなものがない。なのに、OKすると思うって!?