「がっかりしたく無いんだよね、だって結婚する事は決まってるわけだろう?」

 何度目かのデートで、それなりに雰囲気のあるバーに行った時の事だった。
 至にそうした気持ちが無かったわけでは無さそうだった。
 『流れ』次第では『そう』してもいいだろうという場面は何度かあった。
 だが、至はそんな気持ちにはならなかったようだ。
「期待させてた? ごめんね」
 と、言った上での言葉だった。
 自分が拒まれるだろう事は全く予想していない言葉だった。
「まあ、ハネムーンに他の女を連れて行くわけにはいかないし、そこまでとっておこう? 楽しみは先の方がいいでしょう?」
 至が菊理に失望する事はあっても、菊理が至に失望するはずは無いという気持ちを隠すつもりも無いようだった。
 菊理も、その頃にはそうした扱いに慣れ始めていた。
 至は、ケチでは無かったし、時折菊理を軽んじる事はあっても、扱いそのものは丁重であった。
 至に愛情は求めまい、と、菊理も覚悟を決めていた。
 だからこそ、素直に菊理自身を求めるタカオがうれしかった。何度も何度も、今までした事がないほどに、菊理は乱れた。
 求められれば求められただけ、菊理も返したいと思ってしまったのだ。
「あーーーー、ククリーーー、ダメだよ、ククリのいる場所はこーこ」
 腕の中に菊理が居ない事に気づいたタカオが、起き上がって後ろからハグをしてきた。
 すっぽりと腕につつみこまれた菊理は、既に馴染んでしまったタカオの腕に体を預ける。
「ね、おいで、まだ朝ごはんには早いでしょ?」
「タカオは、……いいの? 仕事、とか」
「嵐だもん、今日はお休み、嵐が通り過ぎるまで、ずっとね」
 抱きしめられて、菊理は再び布団に連れ込まれた。
 それは、二度寝の為では無かった。