至は、うたた寝をしていた事に驚いて、菊理の姿を探した。
 そして、古風にも書き置きが残されている事に気がついた。
 あわててフロントへ行くと、連れは滝に忘れ物をしたと言って、タクシーを呼んだのだという。
 既に陽は傾き、夕暮れの頃。
 至はあわてて預けておいた車のキーを戻し、滝へ向かった。
 もう既に、手遅れかもしれないが、追いかけずにはいられなかった。
 夕暮れ近く、駐車場には車も無い、土産物屋も閉店していて、人の気配は無いのだが、確信めいて滝までの道を急ぐ。
 ……はたして、菊理は川面に居た。
 そして、もう一人。
「菊理っ!!」
 至が叫ぶと、二人が川岸にいる至を見た。
 もう一人は、タカオだった。
「至、悪いけど、ククリは俺のだ、返してもらうよ」
 タカオが菊理を引き寄せた。
「ごめんなさい、……ごめんなさい」
 菊理は、至に詫びながら、タカオに身を委ねた。
 タカオが、菊理を抱き寄せて、唇を奪う。
 長い、長い口づけの後に、菊理の体が力を失った。
「タカオっ!!」
 川に今にも飛び込みそうな至が叫んだが、タカオの神憑った姿に驚いて、気圧されてしまい、身動きができなくなる。
「来るな!!」
 菊理を抱きかかえたタカオが叫んだ。
「俺には、お前は殺せない、……だが、約定により、花嫁は連れて行く」
 水柱が立ち上がり、タカオと菊理の姿を隠した。
 至は、その場に崩れ落ちるようにして、菊理を抱いたタカオが水面に消えていくのを黙って見守ることしかできなかった。
 陽の光の届かない、夕闇に迫った闇へ消えていく姿を、至は無言で見送っていた。