それぞれが、それぞれに、誰かを思っているというのに、どうして思いは空転して、行き過ぎてしまうのか。
赤江島から、タカオの両親が上京して来た。
表向きは、菊理の両親へ挨拶がしたいという事だったが、案の定申し出があった。
「兼田至に会いたい……そうおっしゃるんですね」
菊理は、苫屋の老夫婦の為にホテルをとった。さすがに菊理の家に、夫婦と菊理、タカオが泊まるのは不可能だった。
タカオは父を連れて物見遊山に出ていた。聞けば、タカオの父は東京で修行をしていた事があったのだという。
土地勘の無いタカオと二人では不安もあったが、そういう事であればと、二人を送り出し、菊理は、老婦人と共にホテルに残っていた。
もしかしたら、婦人の方がそう望んで仕向けたのかもしれなかった。
彼女にとって、兼田至は腹を痛めて生んだ子でもある。ひと目でもいいから、姿を見たいと言い出すのは無理も無い事だ。
しかし、至は自分が兼田夫妻の実の子供では無かったという事実を消化仕切れているのか、タカオが出現した時の兼田夫妻の様子を考えるに、老婦人が至に接触する事を許してもらえるとは到底思えなかったのだ。
「遠くからひと目見るだけでもいいんです、元気な姿を見たら、私達は島に帰ります、もう会えないと思っていましたし、会ってはならないとも思っていました、でも、知ってしまった以上、……忘れる事はできないんです」
ホテルの一室で泣き崩れる老婦人の姿を見てしまっては、とても断る事はできない。
菊理は、遠くから見るだけならば、と、老婦人に言い含め、至に会いに行く事にした。
目的は直接会って礼を言うだけ。という事にした。
メッセージに対して、至は律儀な人だね、君も、と、いつもの調子で返して来た。
昼休みに、コーヒーを一杯だけ。
至のオフィスにほど近いカフェで待ち合わせ、遠くから老婦人がその様子を見守るという算段になった。
だが、初手から目論見がはずれた。
カフェに、至は兼田夫人を連れて現れた。
「先日は失礼したからね、改めてと思って」
そう言う至は引き合わされる相手が菊理だとは思っていなかったらしい。
品のある口元が、わずかに歪むのが見ていて辛い。
できればすぐにでも話を終わらせて、この場を立ち去りたかった。
着席し、注文を終えたところで、ふいに兼田夫人が立ち上がった。
「あ……あなた、なんて事を……」
わなわなと震えながら、兼田夫人が指差した先には……老婦人が立っていた。
「どうして、何故あなたがここに居るの?! もう二度と会わない、そういうお約束だったわよね?!」
取り乱す兼田夫人に、至も何かがおかしいと気づいたようだった。
さらに悪い事に、今日は兼田氏が居ないのだ。
「帰ってちょうだい! 私の前に二度と顔を見せないで!!」
ヒステリーを起こして叫ぶ兼田夫人に、老婦人は打ちのめされていた。
「申し訳ありません!! 奥様!!」
しかし、老婦人は黙って立ち去りはしなかった。菊理達のテーブルまでやって来て、至を一瞥した。
泣きそうな、叫び出しそうな顔に、至もただならぬ何かを感じていた。
「ああ……、タカオ……」
思わずつぶやいてしまった老婦人は、あわてて取り繕うように深く頭を下げて、逃げるように立ち去った。
「あ!! 一人では!!」
土地勘の無い老婦人を一人にする事はできないと、菊理もあわててお辞儀をして立ち去った。
取り残された至が、どうしていいかわからない様子で戸惑っているのは視界のはしにかかったが、菊理は振り切って老婦人を追いかけた。
赤江島から、タカオの両親が上京して来た。
表向きは、菊理の両親へ挨拶がしたいという事だったが、案の定申し出があった。
「兼田至に会いたい……そうおっしゃるんですね」
菊理は、苫屋の老夫婦の為にホテルをとった。さすがに菊理の家に、夫婦と菊理、タカオが泊まるのは不可能だった。
タカオは父を連れて物見遊山に出ていた。聞けば、タカオの父は東京で修行をしていた事があったのだという。
土地勘の無いタカオと二人では不安もあったが、そういう事であればと、二人を送り出し、菊理は、老婦人と共にホテルに残っていた。
もしかしたら、婦人の方がそう望んで仕向けたのかもしれなかった。
彼女にとって、兼田至は腹を痛めて生んだ子でもある。ひと目でもいいから、姿を見たいと言い出すのは無理も無い事だ。
しかし、至は自分が兼田夫妻の実の子供では無かったという事実を消化仕切れているのか、タカオが出現した時の兼田夫妻の様子を考えるに、老婦人が至に接触する事を許してもらえるとは到底思えなかったのだ。
「遠くからひと目見るだけでもいいんです、元気な姿を見たら、私達は島に帰ります、もう会えないと思っていましたし、会ってはならないとも思っていました、でも、知ってしまった以上、……忘れる事はできないんです」
ホテルの一室で泣き崩れる老婦人の姿を見てしまっては、とても断る事はできない。
菊理は、遠くから見るだけならば、と、老婦人に言い含め、至に会いに行く事にした。
目的は直接会って礼を言うだけ。という事にした。
メッセージに対して、至は律儀な人だね、君も、と、いつもの調子で返して来た。
昼休みに、コーヒーを一杯だけ。
至のオフィスにほど近いカフェで待ち合わせ、遠くから老婦人がその様子を見守るという算段になった。
だが、初手から目論見がはずれた。
カフェに、至は兼田夫人を連れて現れた。
「先日は失礼したからね、改めてと思って」
そう言う至は引き合わされる相手が菊理だとは思っていなかったらしい。
品のある口元が、わずかに歪むのが見ていて辛い。
できればすぐにでも話を終わらせて、この場を立ち去りたかった。
着席し、注文を終えたところで、ふいに兼田夫人が立ち上がった。
「あ……あなた、なんて事を……」
わなわなと震えながら、兼田夫人が指差した先には……老婦人が立っていた。
「どうして、何故あなたがここに居るの?! もう二度と会わない、そういうお約束だったわよね?!」
取り乱す兼田夫人に、至も何かがおかしいと気づいたようだった。
さらに悪い事に、今日は兼田氏が居ないのだ。
「帰ってちょうだい! 私の前に二度と顔を見せないで!!」
ヒステリーを起こして叫ぶ兼田夫人に、老婦人は打ちのめされていた。
「申し訳ありません!! 奥様!!」
しかし、老婦人は黙って立ち去りはしなかった。菊理達のテーブルまでやって来て、至を一瞥した。
泣きそうな、叫び出しそうな顔に、至もただならぬ何かを感じていた。
「ああ……、タカオ……」
思わずつぶやいてしまった老婦人は、あわてて取り繕うように深く頭を下げて、逃げるように立ち去った。
「あ!! 一人では!!」
土地勘の無い老婦人を一人にする事はできないと、菊理もあわててお辞儀をして立ち去った。
取り残された至が、どうしていいかわからない様子で戸惑っているのは視界のはしにかかったが、菊理は振り切って老婦人を追いかけた。