タカオは、菊理に尋ねられて、素直にすべてを語った。何故そんな事を聞かれるのか、タカオはわかっていない様子だったが、その事実は菊理を打ちのめすものだった。

 つまり、こういう事だ。

 かつて、兼田夫妻は、赤江島に来ていた。
 そして、その時に苫屋に宿を求めた。
 夫妻は、男の子の赤子を連れていた。名をイタルといった。
 苫屋にも男の子の赤子が居た。名をタカオといった。
 事故が起きて、イタルが居なくなった。
 けれど、タカオがイタルになった。
 苫屋の夫妻は嘆き悲しんだが、その後、海の神から赤子を預かった。

 それは、海のあやかしの子だった。
 その赤子は、新しいタカオになった。

「……じゃあ、至は、本当は赤江島の、苫屋夫妻に生まれた子供……タカオ……って事?」
「違う、タカオは俺だ」
 タカオが怒って不貞腐れた。
 タカオが誰にどのように説明されたかはわからない。
 けれど、……たとえば赤子ならば、実の両親がそうだと言いいはれば、入れ替わってしまった事には気づかれない。
 二つの夫婦で起きた取り替え子に、海の神が混ざった。
 死んだ赤子に成り代わったのは今、菊理の目の前にいるタカオ。
 ……そして、至も、おそらくは島を出るまでは、タカオ『だった』。
 けれど、『至』として島を出た。

 何が起きたかはわからない。失われた子供と、入れ替わった子供。
 そこにまつわる経緯については、二つの夫婦から話を聞かない限りわからないが、至は恐らく、自分が赤江島の民宿を営む老夫婦の子供であるという事実を知らなかったのだろう。
 島を出る時の、苫屋の夫妻の様子、『兼田至』という名前を聞いた時の複雑そうな表情は、『これ』を意味していたのか。

 何と言う皮肉。
 何と言う運命。

「……菊理?」
 知ってしまった事実を、菊理は受け止めきれずにいた。
 自分が、全く別の場所で生まれて、見知らぬ両親の手によって育ったという事実を『至』が知った時、彼はどうなるだろう。
 彼らしくシニカルに笑ってみせるだろうか。

 ……それとも。

 あれほど、菊理を、形だけの婚約者、お飾りの妻だと言い募っていた『至』自身が『偽物』だったという事を、真っ直ぐ受け入れる事ができるのだろうか。

 受け入れられればいい、と、菊理は願った。
 彼にいる幾人もの恋人達が、至自身を愛しているのだと信じたかった。