その後は、タカオ自身の身の上話になった。下半身から始まった話ではあるのだが……。
赤江島には、竜神社という神社がある。
海の中にある鳥居は竜神社のもので、タカオは赤子の頃、鳥居の根元に籠に入れて置かれていたのだという。潮の満ち引きで海中にある鳥居の根元に置かれていたというのは、そもそも海に流すつもりだったのだろうと考えた老婦人は赤子を連れて帰ったのだと。
とある事情で生まれたばかりの子を失ったばかりだった夫婦は、その子を自分達の子として育てた。
それがタカオだった。
赤子だったせいか、それはまだ一つに見えていたらしい、その事に気づいたのは、タカオが成長してからの事だという。
老婦人の夫は、タカオは海神の子では無いかと言った。
長く海に潜る事ができたり、レーダーが無くても魚群を知る事ができたり、夫が言う通り海の神の加護を感じさせる部分は数多くあったが、年頃になって、異性に興味を持つ事はなかったのも、人ならぬ存在だからこそだと。
だから、突然菊理に対して、島の青年たちがそうするように、興味を持つようになった事については密かに喜ばしい事だと老婦人は思っていたようだ。
何より、行きずりの旅人であれば、タカオの人ならぬ特徴を知っても、害にならないかもしれないという打算もあったらしい。
「ククリ、俺の嫁になれ!!」
母親の理解を得たことによって、タカオは一足飛びにそう言った。
「いえ……私は……」
婚約者が居るという事を説明した事で、老婦人は納得してくれた。
けれど、二泊目。
一日あれば、収まるだろうと思われた雨は、全く収まる様子が無かった。
むしろ風雨は激しさを増すばかりで、テレビからは避難所の解説や、雨の長期化による災害が、赤江島近隣の地域で、警報となって現れていた。
菊理は、二泊して島を出られる気がしなかった。
実家には連絡を入れて、天候が回復しない限り、島を出る事が難しい事を伝えた。
至にも同様に連絡を入れたが、既読マークは着いたものの、特に菊理を案じるような返信がつく事は無かった。
……まあ、そうじゃないかとは思ったけどね。
ぽつりと声に出してから、菊理は既に暗くなってしまった外を見た。船が流されたという話も聞いた。台風が動かず、留まり続けるなどという事があるのだろうか。
外に気配を感じて、襖を開けると、廊下でタカオがうずくまっていた。
「タカオ? どうして……」
「中、入っていい? 母ちゃんが、勝手にお客様の部屋に入るなって……」
母親に怒られたのか、元気が無さそうにしているタカオを部屋に招き入れる。
「……なあ、このまま嵐が収まらなかったら、菊理はずっとここに居るのか? だって、船が出ないし、そしたら、俺の嫁になってくれるか?」
「嵐が収まらなくても、私はタカオの嫁にはなれないよ、だってもう、他の人と結婚する約束、しちゃったもの」
「ククリは……そいつの事が好きなのか? 俺の事は、好きじゃない?」
「そんな言い方……ずるいよ」
「何で?! だって、結婚って、好きな相手とずっと一緒っていう約束だろ? ククリ、俺の事、好きじゃないのか?」
サッシの向こうで、雨が窓を叩いている。タカオの両手が菊理を閉じ込めて、雨を背にして菊理は追い詰められていた。
何もかも捨てられるなら、このままタカオとここに居たかった。けれど、菊理にそれは許されない。
「好きだけど……でも」
「だったら、他に理由なんかいらないだろ!!」
タカオの顔が近づき、菊理から言葉を奪う。
雨の音と、タカオが菊理を愛撫する音とが、巨大な海棲生物に包まれるようにくぐもっていく。タカオは、菊理のあげる声を聞きたがった。
赤江島には、竜神社という神社がある。
海の中にある鳥居は竜神社のもので、タカオは赤子の頃、鳥居の根元に籠に入れて置かれていたのだという。潮の満ち引きで海中にある鳥居の根元に置かれていたというのは、そもそも海に流すつもりだったのだろうと考えた老婦人は赤子を連れて帰ったのだと。
とある事情で生まれたばかりの子を失ったばかりだった夫婦は、その子を自分達の子として育てた。
それがタカオだった。
赤子だったせいか、それはまだ一つに見えていたらしい、その事に気づいたのは、タカオが成長してからの事だという。
老婦人の夫は、タカオは海神の子では無いかと言った。
長く海に潜る事ができたり、レーダーが無くても魚群を知る事ができたり、夫が言う通り海の神の加護を感じさせる部分は数多くあったが、年頃になって、異性に興味を持つ事はなかったのも、人ならぬ存在だからこそだと。
だから、突然菊理に対して、島の青年たちがそうするように、興味を持つようになった事については密かに喜ばしい事だと老婦人は思っていたようだ。
何より、行きずりの旅人であれば、タカオの人ならぬ特徴を知っても、害にならないかもしれないという打算もあったらしい。
「ククリ、俺の嫁になれ!!」
母親の理解を得たことによって、タカオは一足飛びにそう言った。
「いえ……私は……」
婚約者が居るという事を説明した事で、老婦人は納得してくれた。
けれど、二泊目。
一日あれば、収まるだろうと思われた雨は、全く収まる様子が無かった。
むしろ風雨は激しさを増すばかりで、テレビからは避難所の解説や、雨の長期化による災害が、赤江島近隣の地域で、警報となって現れていた。
菊理は、二泊して島を出られる気がしなかった。
実家には連絡を入れて、天候が回復しない限り、島を出る事が難しい事を伝えた。
至にも同様に連絡を入れたが、既読マークは着いたものの、特に菊理を案じるような返信がつく事は無かった。
……まあ、そうじゃないかとは思ったけどね。
ぽつりと声に出してから、菊理は既に暗くなってしまった外を見た。船が流されたという話も聞いた。台風が動かず、留まり続けるなどという事があるのだろうか。
外に気配を感じて、襖を開けると、廊下でタカオがうずくまっていた。
「タカオ? どうして……」
「中、入っていい? 母ちゃんが、勝手にお客様の部屋に入るなって……」
母親に怒られたのか、元気が無さそうにしているタカオを部屋に招き入れる。
「……なあ、このまま嵐が収まらなかったら、菊理はずっとここに居るのか? だって、船が出ないし、そしたら、俺の嫁になってくれるか?」
「嵐が収まらなくても、私はタカオの嫁にはなれないよ、だってもう、他の人と結婚する約束、しちゃったもの」
「ククリは……そいつの事が好きなのか? 俺の事は、好きじゃない?」
「そんな言い方……ずるいよ」
「何で?! だって、結婚って、好きな相手とずっと一緒っていう約束だろ? ククリ、俺の事、好きじゃないのか?」
サッシの向こうで、雨が窓を叩いている。タカオの両手が菊理を閉じ込めて、雨を背にして菊理は追い詰められていた。
何もかも捨てられるなら、このままタカオとここに居たかった。けれど、菊理にそれは許されない。
「好きだけど……でも」
「だったら、他に理由なんかいらないだろ!!」
タカオの顔が近づき、菊理から言葉を奪う。
雨の音と、タカオが菊理を愛撫する音とが、巨大な海棲生物に包まれるようにくぐもっていく。タカオは、菊理のあげる声を聞きたがった。