俺の妹は引きこもりで探偵

 カズラから被害者たちの投稿の詳細の他に、篝火の投稿に使用されていた写真の出所を聞いて欲しいと頼まれていたのを思い出す。
「確か夏休み中に仲間内で集まった時の写真、って話だったな。特にSNSとかには投稿してなくて、篝火本人の携帯のメモリーの中にあるって蒲公は言ってたぞ」
「もしその話が本当だったとしたら、おかしくない?」
 蒲公も最初に聞いた時は質問の意味に首を傾げていたが、篝火本人に確認してくれた。
 だが俺にはカズラが、なにをおかしいと疑っているのか分からなかった。
「どうして〝篝火さんしか持っていないはずの写真〟をアカウントを乗っ取ったとは言え、第三者が手に入れていたのかな?」
「――!?」
 カズラの言い分を聞いた瞬間、俺は自分の迂闊さを呪った。
 なりすまし投稿に使われていた写真は、ほとんど別のSNSに投稿されていたものだ。
 ならばアカウントさえ知っていれば、インターネット経由で画像を保存してそれを流用することができる。しかし篝火の写真の場合、それを持っているのは篝火本人だけだ。
 それなのにどうして、乗っ取り犯がその写真を手に入れられるんだ?
「乗っ取り犯……悪実は篝火たちと面識があるのか?」
 思い至った可能性を口にする。もはやそれしか考えられなかった。
 悪実は何らかの手段で物理的に篝火の携帯から、問題の写真を手に入れたのだろう。
「その可能性は高いけど――具体的に誰か、までは分からないかな」
 悪実が被害者たちと現実の知り合いである可能性は、これでより濃厚になっただろう。
 しかし結局、まだ決定打とは言えない。あと一歩、もう少し根拠が固まれば――
「そう言えばこのアカウント名の横にある、@とアルファベットはなんなんだ?」
「それはアカウントのIDだね」
 先程からアカウントの詳細が表示されていた際に、アカウント名の後ろに@とアルファベットが表示されているのが気になっていた。
 カズラの説明によれば、それはアカウントのIDだったらしい。
「ちなみにカズラのIDは@love_love_brotherだよ」
「もうツッコまないぞ?」
 カズラの言葉を軽く流して、俺は悪実のアカウントIDを見る。
「Trachelospermum asiaticum0714、か」
「見慣れない単語だね……ググってみようか」
 お互いに見覚えのないアルファベットに首を傾げるが結局、その意味は分からない。
 するとカズラは悪実のIDをコピーアンドペーストし、検索エンジンで検索をかけた。
「えーっと……花、の学名みたいだね」
 とりあえず数字は除いてアルファベットだけで検索してみると、まず最初に花の画像が表示された。白い花弁が特徴的な花だが、いまいち見覚えはない。
「テイカカズラ、って植物みたいだね」
「聞いたことないな」
「…………」
 検索結果の中からそれらしいページにアクセスすると、花の詳細が表示された。
 カズラは最初こそ普通にページの内容を読み上げていたが、いつの間にかマウスを操作する手を止めて食い入るように画面を凝視していた。
「このテイカカズラ、って花……漢字で書くと、『定家葛』って書くみたい」
「えっ、それって――」
 カズラが指を指す方を見て、俺は思わず息を飲んでしまう。
 定家葛、それはカズラのフルネームとまったく同じ名前だった。
 どうしてここで、カズラに関する情報が出てくるのだろうか?
「待って……後ろの0714がもし、日付だとしたら……」
 真剣な表情でぶつぶつと呟きを漏らすカズラ。
 その様子はまるで、記憶の海から一筋の光明を手繰り寄せているようにも見える。
「この、日付って――」
 一つの解答に思い至ったのか、カズラはポツリと呟きを漏らした。
 その顔を支配しているのは確かな驚愕で、自身も信じられないとでも思ってるようだ。
「カズラが学校に行かなくなった日……わたしが引きこもり始めた日、だと思う」

◇一年ぶりに学校へ行こう

「なあ、本当に行くのか?」
 それから一時間後、俺とカズラは二人揃って玄関に並んでいた。
 傍らのカズラへ対し、俺は躊躇いがちに声を掛ける。
「……うん。カズラは本気、だよ」
 カズラは顔面蒼白になりながら答えてみせるが、とてもじゃないが大丈夫に見えない。
「無理すんなよ。学校なら俺が行ってきてやるからさ」
「それはダメ。だってこれは、カズラが行かなくちゃいけないんだから」
 ローファーを履き終わると、カズラは立ち上がって言う。
 悪実のアカウントIDとカズラの関係性が発覚したあと、カズラは学校に行きたいと言い出した。俺も最初は止めたのだが、頑として譲らない姿勢に俺が同行すると言う折衷案で折れることになったのだった。
「麒麟児先生にも、カズラが行くって言ったんだからね」
 カズラの目的は生活指導の教師に会うことらしい。
 蒲公の話にも出てきた『生活指導宛てに届いたメール』が見てみたいとカズラは言った。
「そう言えばお前の制服姿、久々に見たけどやっぱり似合ってるよ」
「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」
 緊張した雰囲気を和らげようと、俺は笑みを浮かべてカズラに声をかける。
 学校に行くということでカズラは制服を着ていて、約一年ぶりに見るその姿を見ていると何だか胸が一杯になってくる。お世辞抜きにその姿は世界で一番可愛らしかった。
「それじゃ、行こうか――」
 玄関のドアを開けてカズラは、外の世界へと足を踏み出す。
 それは約一年の空白を破って、カズラが外界に触れた瞬間でもあった。
「うっ……眩し、い――」
 上空で燦然と輝く太陽の光が目に入り、カズラは眩しそうに目を細めて呻き声を漏らす。
「はぁ……はぁ……」
 久しぶりの日光を浴びてひるむカズラだったが、それでもまた一歩足を踏み出す。
「はぁ……っ、うぁ――」
 しかし僅かに進んだあと、カズラは口に手を当てて地面にへたり込んでしまう。
「大丈夫か! カズラ!?」
 へなへなと座り込んでしまうカズラを見て、俺は慌てて駆け寄っていく。
「は、はは……情けないなぁ。大丈夫かと思ったけど、ダメみたい……」
 頭を垂らして、自嘲気味に笑うカズラ。
 その身体はぐったりとしていて、小刻みに震えてる。
「頑張ってみたんだけど、やっぱりキツいなぁ……」
 今にも泣き出しそうな程、カズラの声は震えていた。
「外は怖い、よぉ――」
 喉の奥から振り絞るように、カズラの口から細い声がポツリと漏れた。
 その声は今にも消えてしまいそうな程に弱々しく、カズラ自身の不安がそのまま表れたようだった。
「大丈夫だ、カズラ」
 そんなカズラの姿を見て、俺は静かに言葉を告げる。
 震える手をギュッと握って、あやすように優しく声をかけた。
「お前には俺がいる。だから心配するな」
 多くの言葉は要らない。ただ怯えるカズラを安心させたくて、ゆっくりと言葉を続ける。
「……うん、そうだったね。わたしには、お兄ちゃんがいるんだ」
 溜め込んだものを吐き出すように、カズラは大きく息と共に声を漏らす。
 震えは徐々に収まっていき、呼吸も安定していくのが分かる。
「安心しろ。一人じゃ無理でも、俺たち二人がいればどうにかなる」
 根拠のない自信を持って、俺はニッカリと笑ってみせる。
 俺たちは一人では確かになにかが欠けているかもしれない。
 不完全で未完成。未熟で不出来で、発展途上の欠陥品なのだろう。
 でも二人揃えば俺たちはきっと大丈夫だ。お互いに足りない部分を補い合って、今までの事件も解決してこれたのだから。カズラと一緒なら今はなんでもできそうな気がする。
「ありがとう。もう大丈夫だよ、お兄ちゃん」
 それはカズラも同じだったようで、ぎこちないながらも笑みを浮かべてくれた。
 もう心配はない、と俺もそれに応えるように俺も笑いかける。
「立てるか?」
「立てるけど――ちょっとまだ歩くには辛い、かな……」
 立ち上がって手を差し伸べると、カズラはその手を取って立ち上がる。
 しかしその身体は未だふらついていて、苦笑混じりにカズラは答えた。
「よし、じゃあ駅までおぶっていく」
「うぇぇ!? そ、外で……?」
「歩けないんなら仕方ないだろ。つーか、家の中でもやってたじゃんか」
「い、家の中と外は別物だよぉ……」
 そんな様子を見て背中を差し出すと、カズラは戸惑いながら顔を赤らめる。
 多少は恥ずかしいかもしれないが、これが一番手っ取り早いので俺としてはこれしかないと思うのだが。
「……うん、分かった」
 しばらく考えるように黙るカズラも、観念するように顔を俯かせながら頷いた。
「よし、それじゃ行くぞ」
 カズラの軽い身体を背負って、俺は駅に向かって歩き出した。
 よほど恥ずかしかったのかカズラは、駅に着くまでずっと背中に顔を埋めたままだった。

◇麒麟児巌

 久遠寺大学付属高等学校へとやってきた俺たちは、校内に入り職員室へと向かった。
 来賓用のスリッパを履いて廊下を進んでいるが、私服姿の俺は少し周囲から浮いている。
「しかし、私服で学校……ってのも変な気分だな。そもそも俺は他校の生徒だし」
 横にいるカズラが制服姿なので、余計に悪目立ちしているように感じる。
 今が夏休みの期間で、校内には人気が少ないのが唯一の救いだった。
「隣にわたしがいるから、そんなに気にしなくてもいいと思うよ?」
 ぼやく俺にカズラは気にするなと言うが、その表情はどこか強張っている。
 カズラ自身も久しぶりの学校に、緊張をしているのだろう。
「ここが職員室か……」
「うん……それじゃ、入るね」
 職員室の前まで辿り着くと、俺たちは顔を見合わしたあとに意を決してドアを開いた。
 室内へと踏み込むと、廊下のムワッとした蒸し暑さとは対照的な涼しい空気が、身体に滲んでいた汗を冷やしていくのが分かる。
「失礼します」
 俺たちが職員室に入ると、中にいた教師たちが一斉にこちらを見たのが分かった。
 夏休みのせいかその数はまばらだが、その視線は隣にいるカズラへと向けられている。
 一身に注目を浴びてひるむカズラだったが、そっと背中に手を添えて「大丈夫だ、心配するな」と小さく囁く。
 するとカズラは小さく深呼吸をし、気を取り直して歩き出した。
「麒麟児先生、お久しぶりです」
「おお……久しぶりだな、定家」
 目的の人物がいる机までやって来ると、カズラはぺこりと頭を下げて挨拶をする。
 今回、俺たちが会いに来た教師――生活指導担当の教員、麒麟児は右手を挙げて応えた。
「話は聞いている。こちらの方は?」
「兄の定家牽牛です。今日は妹の付き添いで来ました」
「ああ、そうですか。私は生活指導担当の麒麟児巌(きりんじいわお)です」
「はい。今日は無理を聞いて頂いて、ありがとうございます」
 麒麟児は厳めしい強面を破顔させると、視線を俺へと移して問いかける。
 カズラがそれに答える前に俺は名前を告げ、同じように頭を下げて挨拶を交わした。
「それで確か篝火の飲酒問題の時、学校宛てに届いたメールが見たいと言う話だったな?」
 麒麟児は再び表情を引き締めると、要件の内容を確認するように尋ねてくる。
「はい。その時のメールを見せて頂けないでしょうか?」
 カズラの真剣な表情で、麒麟児の問いに答えた。
 今回、俺たちが学校まで来た理由は、事件の時に学校へ届いたメールを確認することだ。
 Shabetterではあれ以上の手がかりを掴めなかったので、もう一つの証拠である可能性があるメールを見てみたいとカズラは言った。
「本来なら部外者には、見せるべきものではないのだが――」
「もしかしたら……わたしは部外者ではなく、当事者なのかもしれません」
 困ったように顔をしかめる麒麟児だったが、カズラは緊張で強張った声で静かに告げる。
「定家はなにか知ってるのか?」
「……いえ、今はまだ」
 躊躇いがちに問いかける麒麟児に、カズラは緩やかに首を振って答える。
「でももしかしたら、そのメールを見ればそれが分かるかもしれないんです。だから――お願いします!」
 しかし、カズラは顔を上げて、麒麟児を真っ直ぐ見据える。
 その声は確かな決意が感じられるもので、精一杯の勇気を振り絞った証拠だった。
 だがその身体は震えている。緊張に押し潰されそうになっているカズラを安心させるように、俺は背中に回されていた手をそっと握った。
「先生、俺からもどうかお願いします」
 カズラを倣うように、俺も深々と頭を下げて頼み込む。
 麒麟児はそんな俺たちを見て、短く唸るように声を漏らして逡巡をしていた。
「……分かった。その代わり、内容については他言無用だぞ」
 そしてしばらくの沈黙のあと、ついに折れるように溜め息混じりに了承の意を告げた。
「これが学校宛てに届いたメールだ」
「ここに書いてあるURLは、Shabetterのものですか?」
 麒麟児がパソコンを操作すると、そこに例のメールが表示された。
 題名などは特になく、本文にはインターネットのURLと思わしきアルファベットの羅列が並んでいた。これをクリックすれば、指定のホームページへとアクセスできる。
「ああ、それから個人情報が、面白おかしくまとめられているサイトもあった。ご丁寧に画像まで添付されていた」
 辟易したように目を瞑る麒麟児。確かにメールには画像ファイルも添付されていて、そこには問題となっている篝火紫陽の飲酒の様子が写真に収められている。
「…………」
 まるでメールの内容を頭の中に焼き付けるように、カズラは画面を凝視している。
「ありがとうございます、先生」
 そのままカズラは目を閉じて、考え込むように沈黙した。
 しばらくすると、画面から目を離して麒麟児に向かってお辞儀をした。
「もういいのか?」
「はい、大丈夫です」
 確認するように尋ねる麒麟児に対して、カズラは頷いてもう用は済んだと答える。
「なにか分かったか?」
「……はい、多分」
 そんなカズラを見て麒麟児は、顎に手を当てて難しい表情で問いかける。
 カズラはそれに対して、自信がなさそうだが肯定するように頷いた。
「これからやることができたので、わたしたちはそろそろ帰ります。今日は本当にありがとうございました」
 もう一度頭を下げるとカズラは、感謝の言葉とこれから帰る旨を麒麟児に伝える。
「定家、ちょっといいか」
 そんなカズラを見て、麒麟児は静かに言葉を切り出した。
「お前には本当に済まないと思ってる」
「先生……?」
「お前のイジメの件が結局、有耶無耶になってしまったのは俺の責任だ。学校側は事を荒立てたくないの一点張りで、事実を頑なに否定していた。何度も掛け合ってみたが、結果は覆られなかった」
 痛みに耐えるように険しく表情を歪め、麒麟児は唸るように言葉を吐き出す。
「……俺にできたのは自宅で定期試験を受けることで、単位を取れるようにすることだけだった。問題を放置することしかできなかった俺を恨んでいるかもしれない」
 その口から語られる言葉には苦悶が充ちていて、自責するように言葉を続ける。
「俺は自分が不甲斐ない。いつも生徒のためにと厳しいことも言ってきたつもりだったが、いざとなればこんなに無力だ。許してくれ、とは言わない。ただ謝らせて欲しい」
「…………」
 項垂れるように頭を垂らす麒麟児の姿は、出会った時のような毅然としたものではなく哀愁を感じさせるものだった。
「……先生。わたしのことをそこまで気にかけてくれて、ありがとうございます」
 怒るのでもなく、責めるでもなく、カズラは静かに感謝の気持ちを告げた。
「先生がわたしのために、そこまでしてくれてたって分かっただけで……凄く嬉しいです」
 口元に僅かな微笑を浮かべて、心の底からカズラは言葉を続けた。
 カズラが不登校になった時に、ギリギリのところで退学にならなかったのは彼の努力によるものだった。それに感謝はすれど、恨むことはない。カズラならそう思うはずだ。
「そうか――」
 そんなカズラを見て麒麟児は、心の底から吐き出すように声を漏らした。
 ずっと胸に溜め込んできた後悔が、少しでも和らいだことを俺も切に願った。
「結局、目新しい情報はなかったな」
 職員室をあとにした俺たちは、家への帰路についていた。
 学校で見たメールからは、特に今まで以上の情報は得られなかった。
 当初の目的を考えれば、思ったような成果は上がらなかったと言える。
「ううん、そんなことないよ。あのメールには確かなヒントがあったから」
 しかしカズラはそれを否定するように、首を横に振って答えた。

「本文に載ってたURLも見たことのあるものだったし、写真も同じだろ?」
「うん、そうだね。確かに〝本文〟はそうかもしれない」
「本文以外になにか、ヒントになるようなものがあったのか?」
「送信元のメールアドレスに入ってたTrifolium repensって単語――アルファベットの並びがラテン語だったから、これもShabetterのIDと同じでなにかの学名だと思う」
 疑問に答えるように、カズラは言葉を続ける。
 メールアドレスそのものには無頓着だったので、それは盲点だった。
 俺には見えていない真実にカズラは、辿り着こうとしているのかもしれない。
「お兄ちゃん、帰ったら頼みたいことがあるんだけど」
「ああ、俺にできることなら任せろ」
 表情を険しくしながらこちらを見るカズラに、俺は鷹揚に頷いてみせる。
 そしてカズラは、こう告げるのだった。
「今回の犯人、分かったかもしれない」
FILE:3『不可視の悪意』解答編



◇不可視の悪意:解答編

 ここからの語り部を務めるのは、わたし自身――つまり、定家葛の役目だ。
 この事件は自分自身で決着をつけなければいけない。
 それが事件の〝当事者〟であるわたしの責務だと思うから。
「大丈夫か、カズラ?」
 傍らのお兄ちゃんが、心配そうに声をかけてくる。
 きっと今のわたしは、緊張でがちがちになっているのに違いない。
「ちょっと緊張するけど……お兄ちゃんがいるから、大丈夫」
 精一杯の虚勢を張りながら笑ってみせる。それでもあながち間違いではない。
 お兄ちゃんが隣にいてくれれば、きっとなんだってできる気がした。
「そうか。もうすぐ時間だな」
 教室の時計を見てお兄ちゃんは、ポツリと呟きを漏らす。
 ここは教室――更に詳しく言うなら、久遠寺大学付属高等学校二年E組の教室であり、現在わたしの所属していることになっているクラスであった。
 二年になってからは登校していないので、ここが自分の教室と言う実感は薄いけど。
 わたしとお兄ちゃんは、ここにある人物を呼び出していた。
「……定家、さん?」
 やがて沈黙を破るように、教室のドアが開く音がした。
 そこから入ってきた人物は、教室内にいるわたしたちを見て唖然とした表情を浮かべる。
「……久しぶり、御坊君」
 そんな彼――クラスメイトである御坊黒羽君を見て、わたしは静かに口を開いた。
「おれは蒲公に呼び出されたんだけど……どういうこと?」
 戸惑いながらも、御坊君は苦笑を浮かべながら問いかけてくる。
「蒲公さんには、わたしから頼んだの。御坊君の連絡先を知らないから、代わりに連絡をとって欲しいって」
 正しくはお兄ちゃんを通して、だけど。
 わたしは蒲公さんに彼をここまで呼び出すように頼んだのだ。
「ああ、そうだったんだ……ええっと、久しぶりだね」
 説明には納得するも、まだ状況が掴み切れていない御坊君は、とりあえずと挨拶をした。
「それと……そっちの人は?」
「兄の牽牛だ。今日は付き人で来ただけだから、気にしないでくれ」
「は、はぁ……そうですか」
 視線はやがてわたしの隣にいるお兄ちゃんへと向けられ、御坊君は訝しげに問いかける。
 対してお兄ちゃんは堂々と答えるが、その答えで更に謎が増した御坊君は曖昧に頷く。
「それで――今日はどうしたの? 久しぶりの再会は喜びたいけど、おれになにか用があるんじゃないかな?」
 閑話休題、と御坊君は本題を切り出してくる。
 彼も急に分からないことだらけで聞きたいことはたくさんあるかもしれないけど、ここは話を進めるために言葉を選んでくれたみたいなのがありがたかった。
「うん。そのことなんだけどね……」
 話を切り出しやすくなったところで、わたしも本題を切り出す。
「篝火さんや月下部さん、それから雪ノ下さんの話……聞いてるよね?」
「うん。何だか大変みたいだね……」
 確認するような問いに対して、御坊君は伏し目がちになりながら答える。
 蒲公さんの話では御坊君と篝火さんは付き合っているらしいので、その悲しみはより一層深いものだろう。
「それじゃ――悪実って名前、心当たりはある?」
 そんな彼を見ながらわたしは、一つの問いを投げかけた。
「――――」
 その瞬間、御坊君の顔から一切の表情が消えていった。
 感情の窺えない能面のような表情で、彼はわたしを見ている。
「言い方を変えるね。悪実の正体は――御坊君、じゃないのかな?」
 言い回しを変えて、直接的なことばで御坊君に問いかける。
 わたしは今日、この問いかけをするために、彼をここまで呼びつけたのだ。
「一連の炎上事件は故意に行われたものだった。Shabetterのアカウントは、パスワードだけでも分かれば簡単に乗っ取れるから。被害者の篝火さんたちと交友のある御坊君なら、それが可能だよね?」
 御坊君を真っ直ぐ見据えながらわたしは、今までの調査で立てた推理を話していく。
 アカウントの乗っ取り方法から、RTによる拡散の手法、それから流出した個人情報。
 これらの推理を踏まえて犯行が可能なのは、被害者たちと現実で交友のある人間の可能性が高いと分かった。
 パスワードを物理的に盗み見るのも、間接的に割り出すもの、彼ならば可能だろう。
「御坊君は篝火さんと付き合ってたよね。それならSNSのアカウントの存在や、パスワードだって入手が可能じゃないかな? 篝火さんの飲酒画像はネット上にはアップされていなかったけど、物理的に携帯から直接コピーすることで御坊君は画像を手に入れた」
 しかしここまでの推理では、被害者たちと交友のある人間なら同じように容疑者になる。
 言ってしまえば、篝火さんたちと友人だった蒲公さんも疑うべき人物と言えるだろう。
「悪実が御坊君だと推理した根拠は三つ。Shabetterでのアカウント名、ID、そして学校に届いたメールのアドレス」
 だからここから犯人を絞り込むために必要なのは、三つの単語だった。
「まず悪実のアカウントに使われていたIDは、『Trachelospermum asiaticum0714』――chelospermum asiaticumはテイカカズラの学名。つまり定家葛、わたしを指している。数字の0714は七月十四日、これはわたしが学校に登校しなくなった日付……ここから推理して悪実は少なくとも、わたしのことを知っている人間だと予測できる」
 わたし自身の名前と、それに関連した日付。これを偶然と言う言葉では片付けられない。
 被害者たちがかつて、わたしをイジメていた人間なら尚更に。
「次に学校に届いたメールのアドレスに入ってた単語、『Trifolium repens』――これは白詰草の学名で、白詰草の別名はクローバー。こじつけかもしれないけど、クローバーは〝黒羽〟って読み替えれないかな?」
 少々強引かもしれないが、次のヒントで彼が悪実と言う仮説は補強することができる。
「最後に悪実って名前――そもそも悪実って言うのは調べてみたら、ゴボウの別名みたいだね。ゴボウを御坊に読み替えると……御坊。これらをつなぎ合わせると――御坊黒羽。わたしのことを知ってる人で、ここまで条件を満たしているのは御坊君しかいなかった」
 偽名の心理、と言うものがある。
 人間はとっさに偽名を考えるとき、多くが何かしら自分に関連するものを選んでしまうらしい。他人から見て分かりにくい法則ではあるが、無意識の内にそうしてしまうのだ。
 例えばパスワードやIDでも同じかもしれない。自分とは無関係なものを選んでは、思い出すのに苦労してしまう。だからこそ自分と関連づけ、覚えやすいものを選んでしまう。
 御坊君の場合もきっと、そう言った心理が働いていたのかもしれない。
「ねえ御坊君、違うなら違うって言って……?」
 ここまでの根拠を語り終えたわたしは、懇願するように問いかけた。
 こんな推理は間違っていて欲しい。本当の犯人は別にいる。そんな淡い希望を抱いて。
「驚いた……適当につけたものだけど、こうやって言い当てられるとは思わなかったよ」
 しかし――御坊君は無表情を崩して、困ったように笑ってみせた。
「やっぱり、君はすごいね。定家さんは頭が良いや」
 どこか疲れたような笑みを浮かべて、御坊君は肩を竦めた。
 そんな彼を見て、どうして? とは聞けなかった。
 だってわたしは、彼がここまでに至る〝動機〟を知っているから。
「目的は――復讐、なの?」
「……そっか、中学のことまで知ってたんだ」
 ゴクリ、と固唾を飲んで投げかけた問いに、御坊君は苦笑混じりに答える。
「そうだよ。おれは中学三年生の時、イジメられてたんだ」
 大きく息を吐き出すように、御坊君はポツリポツリと当時の語り出した。
「きっかけは些細なことで、まあよくある話なんだけど……その時は相手が悪かった。男子の中でもグループの中心にいるような奴をおれは敵に回したんだ」
 彼の中学での話はお兄ちゃんから交友関係の広い飛燕さんに協力して調べてもらった。
 御坊君になにがあったか知ってしまったわたしは、ただ聞いていることしかできない。
「今までそれなりに上手くやって行けたのに、次の日から一斉にクラスの全員から無視された時はショックだったな。たった一回、たった一度だけのケンカで、三年かけて築いてきた人間関係が壊れちゃったんだよ。そんなつまらないきっかけで、全てが崩壊したんだ」
 どこか遠くを見つめるように、御坊君は窓の外を眺めていた。
 その目に宿っている感情をきっと、わたしは知っているはずだ。
「クラスで無視されてる時は、まるで自分が透明人間になったみたいだった。誰もおれを見ようともしないし、話しかけても聞こえないふりをする……いや、それでもこっちを見て、憐れむか馬鹿にするかどちらかの目で見てくるんだから透明人間の方がマシか」
 その言葉は痛い程によく分かる。他人から無視されると言うことは、自らの存在を否定されているように感じるからだ。お前は無価値だ、と告げられてる錯覚すら覚える。
 一年前、自分が置かれていた光景を思い出して、吐き気がこみ上げてくるのが分かる。
「幸運だったのは、それが一年も経たずに終わったことだよ。高校への進学をきっかけに、人間関係をリセットすることができた。そしてわざわざ、地元から遠いこの学校に進学したんだ。ここって偏差値が高いから、死ぬ気で勉強したなぁ」
 当時は勉強でくらいしか気が紛れなかったから、と自嘲するように御坊君は付け加える。
「だから高校生活では、誰からも嫌われないようなキャラを演じてた。付き合いも良くて、誰にでも優しくして、ケンカになりそうだったら自分から一歩引いて……中学の時と同じ失敗をしたくなくて、必死だった」
 苦痛に耐えるように、御坊君は苦々しい表情で呟きを漏らす。
「おれは――僕は変われた。中学の時とは違う、そんな思い違いをしてたんだ」
 心の奥底からの思いを吐露するように、声を振り絞る御坊君。
 わたしの知っている御坊君は男子の中でも中心人物で、彼の周りにはいつもたくさんの人がいた。その光景を見てまるで別世界の人間だなんて思っていたけど、その根底にはそんな想いがあったと思うと胸が苦しくなってくる。
「定家さんがイジメられ始めた時、僕は止めようと思ったんだ。クラスを敵に回した辛さは誰よりも知ってるから、せめて僕だけは味方でいてやりたい。クラスの全員を敵に回しても、定家さんを守ってあげたい……そう思ってた」