「あの時は、キチンとお礼も言えなくてごめんね? 同じクラスになっても、なかなか切り出しにくくて……」
あはは、と照れくさそうに笑う秋海棠。
秋海棠の話を聞いて、俺は去年の出来事を思い出していた。
文化祭の準備も終わってみんなが寝静まった頃、深夜に喉が渇いて目が覚めた俺は教室から抜け出して自販機で飲み物を買いに行った。
その帰りに廊下でうずくまっている女子生徒を発見した俺は、事情を聞いて彼女の行き先まで付き添ったのだった。
「いや、俺こそ分からなくて悪い……あの時は暗くて、顔とか見えにくかったからな」
「ううん、当たり前だよ。私だって最初は、あの時の人が定家君だって確証はなかったし」
「でも、どうして俺がその時のヤツだって分かったんだ?」
ばつが悪そうに頭を掻く俺を見て、秋海棠はふるふると首を横に振る。
しかし、同じ条件にも関わらず、秋海棠はどうして俺だと分かったのか?
それが気になった俺は、尋ねてみることにした。
「えっと、それはね……声、かな」
「……声?」
「うん。あの時、顔は見えなかったけど声は聞こえたから。定家君の声って、なんだが聞いてると安心するんだ。だからあの時も、定家君との他愛もない会話がすごく落ち着いたの」
俺の質問に対して、秋海棠はどこか穏やかな表情で答えた。
まるで大切な物を口にするように、その声には彼女の想いがにじみ出ているようだった。
「今もこうして、定家君と話してるだけでとっても心強いんだ」
そう言うと秋海棠は、俺よりも一回り低い位置から俺を上目遣いで見る。
「だから、改めて言わせてもらうね。定家君、あの時は私を助けてくれてありがとう」
ニッコリと少し気恥ずかしげに笑う秋海棠。
そんな彼女の顔を見てしまうと、まるで金縛りに遭ったように視線が逸らせなくなる。
「おーい、牽牛に椿ちゃーん。そろそろ着くぜ?」
秋海棠と見つめ合っている最中、先行していた飛燕が後ろを向いて声を掛けてきた。
この時ばかりは、その絶妙なタイミングに感謝するばかりだった。
「分かった。秋海棠、行こう」
「う、うん」
傍らの秋海棠に声を掛け、俺たちは歩く速度を少し速めて飛燕たちと合流した。
その間、俺は秋海棠と目を合わせることができなかった。
顔は自分でも熱い分かるほど紅潮していたが、この時ばかりは暗闇が有耶無耶にしてくれるのをただただ感謝するばかりだった。
◇第一の怪『光る肖像画』
「ここが肖像画がある渡り廊下、か……」
ついに俺たちは、目的の場所の一つである渡り廊下までやって来ていた。
「やっぱり、夜に来ると不気味だね」
周囲の様子を見て、秋海棠が呟きを漏らした。
確かに渡り廊下は何度も通ったことがあるが、昼と夜ではまったく印象が異なる。
上部の天窓から差し込む光だけが頼りなく廊下を照らしているが、ここからでは奥部まで先を見ることができなかった。
「それじゃ、俺の方もそろそろやるか」
ついに本番、となればやらねばならないことがある。
ポケットからヘッドセットを取り出すと、それを頭部に装着して携帯とペアリングする。
Bluetoothで無線が接続されたことを確認し、音声通話ソフトを立ち上げた。
「もしもしカズラ、聞こえるか?」
『ラブコメの波動を感じる』
「いきなりどうした?」
『いや、お兄ちゃんがお約束のラブコメ展開に巻き込まれてないか胸騒ぎして』
「……ちゃんと聞こえてるみたいだな」
回線が正常に接続されているか確認するために電話越しに声を掛けたが、開口一番に聞こえてきたのは不機嫌そうなカズラの声だった。
どうやら無事に繋がったいるようだが、一瞬ヒヤッととする。
「映像の方はどうだ?」
『うーん……流石にちょっと見えにくいけど、一応は大丈夫かな』
音声が聞こえることが分かると、次に携帯電話のカメラを前にかざして確認を取る。
多少の問題はあるが許容範囲内らしく、無事に自宅のカズラと回線が接続されたらしい。
「おぉー、流石に準備万端だね~」
その様子を見ていた柊が感心したように声を上げる。
「悪いな、みんな。妹のワガママを聞いてもらっちまって」
それに気付くと申し訳ない気持ちで、感謝と謝罪の入り交じった言葉を口にする。
「別に構わないって。せっかくだし、カズラちゃんも楽しんでねって伝えといてよ」
「うん。楽しいかどうかは、ちょっと分からないけどね」
鷹揚に笑いながら答える柊と、微笑混じりに答える秋海棠。
この二人は「妹も肝試しに参加させて欲しい」と言う無茶なお願いにも快諾してくれた。
仲間内での集まりに水を差すような行為にも関わらず、文句の一つも言わずに聞き入れてくれたことには感謝するばかりだった。
「なあ、牽牛……本当にそれやんの?」
しかし二人とは対照的に、どこか微妙な表情で飛燕が尋ねてくる。
「そのつもりだけど……悪いな、飛燕」
「いや、別にいいんだけどさ……カズラちゃんには、この間の借りとかあるし」
そんな飛燕に申し訳ない気持ちで謝罪する。
柊と秋海棠は頼みを快諾してくれたが、飛燕はどこか気が乗らない様子だった。
個人的にはこいつこそ、文句の一つも言わずに了承してくれると思っていたので、なんだか意外にも感じていた。違和感、と言った方がいいのか?
「まーだ言ってんの? いいじゃない、それくらい。別に困ることなんてないでしょ」
「いや、まあ……そう、なんだけどさ」
煮え切らない様子の飛燕を見て、柊が呆れたように溜め息をつく。
未練たらしく言葉を濁している飛燕に、業を煮やしているようだった。
「それよりも、早く行かないと。こんなところでもたもたしてたら、天文部の天体観測が終わっちゃうんじゃない?」
お喋りはここまで、と柊が先に進もうと提案する。
確かに天体観測が終わるまでまだ時間があったが、あまりのんびりとしていては鉢合わせの危険性もある。その提案は正論だと言えるので、一同は静かに頷いた。
『そう言えば、お兄ちゃん』
「なんだ?」
一同が渡り廊下を進み始めると、カズラが言葉を漏らした。
『確認なんだけど、これから確かめるのは肖像画の目が光るって怪談だよね?』
「ああ。渡り廊下に飾ってある歴代の校長の肖像画の目が光る、って話だな」
カズラには事前に、怪談については話してある。
今日これから回るルートに関しても、説明は済ませてあった。
『了解。分かったよ』
「上手く状況が伝わらないかもしれないが、まあ我慢してくれ」
『大丈夫だよ、お兄ちゃん』
あくまで俺の声とカメラが頼りなので、十全に状況は伝えられないかもしれない。
その点を前もって言うが、カズラは軽い調子で答える。
『だってもう、だいたい〝正体〟の目星はついてるから』
「――は?」
そのままさらっと、驚くべき発言をするカズラ。
その真意を確かめようとするが、それは飛燕の声によって遮られた。
「これが肖像画、か」
カズラと話している内にいつの間にか肖像画の前に着いたらしく、俺は一旦通話を打ち切って視線をそちらへと向けた。
「暗くてよく見えないね」
秋海棠の言うように肖像画は上側に飾られていて、薄暗い闇夜に紛れてよく見えない。
「ここで懐中電灯の出番、ってわけだな」
得意げに笑いながら飛燕は懐中電灯を取り出す。
目立つので移動中は使わなかったが、こうして肖像画を確認するのには必要な道具だ。
「あー、なにか緊張してきた……」
胸に手を当てて緊張した顔持ちの柊は、苦笑混じりに呟きを漏らす。
その様子からは実際の怪談とこれから遭遇するかもしれないという状況に、高揚感と緊張感が複雑に入り交じっているようにも見える。
「だ、大丈夫だよナンちゃん……み、みんながいるし」
秋海棠は柊に声を掛けるが、自分自身もがちがちに緊張しているのが見て取れる。
「……大丈夫だろ、多分」
自らに言い聞かせるように呟くと、カメラを肖像画の方へと向ける。
これで懐中電灯の光が当たれば、カズラも見えるに違いない。
「じゃあ、いくぞ……」
全員の確認が取れると飛燕は、懐中電灯のスイッチを入れ肖像画に向けて光を当てる。
「……特に異常はない、か?」
「うん、みたいだね……」
まず一番左の肖像画が照らされると、固唾を飲んで呟きを漏らす。
肖像画に異常が見受けられないことを確認すると、秋海棠も同意するように頷いた。
「まだ一個目、だからね」
「じゃあ、次いくぜ……」
どこか安堵するような空気が流れたが、柊の言うように肖像画はまだ他にもある。
飛燕は俺たちに確認を取ると、懐中電灯の光を横に移動させた。
「……これも特に異常なし、か」
「次のも大丈夫だね」
「その隣も大丈夫みたい」
最初はおそるおそるといった調子だったが、いくつか確認しても怪談のように『肖像画の目が光る』、と言う現象は一向に起きない。
かなり身構えていた分、その反動でどこか拍子抜けしてしまう。
「なんだ、結局噂はデマだったのかよ」
「そんなもんでしょ、怪談ってのは」
弛緩した空気の中、飛燕がやれやれと笑いながら呟きを漏らす。
柊はそんな飛燕を見て、同じくどこか安心したように笑っている。
「んじゃ、こいつで最後か――」
いつの間にか肖像画は一番右に飾られたものを残して、確認が終わってしまっていた。
当初の緊張感はどこかへ行ってしまったのか、飛燕は適当な所作で最後の肖像を照らす。
「――ヒッ……!?」
しかしすぐにそんな空気は、一気に吹き飛んでしまう。
最後の肖像画を照らした瞬間、飛燕は驚愕に支配された表情で短く悲鳴を上げた。
「で……出、たぁぁぁああァァ――!!」
それも一瞬のことで、飛燕はすぐにけたたましい悲鳴を上げる。
「――ッ!?」
「あっ――え……!?」
「…………ッ!?」
しかしそれは、俺たちも同じ事だった。
俺も、柊も、秋海棠も。全員が血の気の引いた顔で、肖像画を見ていた。
「目が――光っ、て……!」
飛燕は呼吸を荒げながら必死に言葉を紡ごうとしているが、狼狽しているせいか上手くいかないようだった。しかし飛燕の言いたいことは、みんな既に分かっていた。
「嘘でしょ……こんなの――」
「肖像画の……目、が――」
「光ってる……だと?」
懐中電灯の光が照らす肖像画。その目は確かに煌々と光っている。
不気味な光を宿すその眼光を目の当たりにした俺たちは、射貫かれたように身を竦ませることしかできなかった。
「う、あっ――」
飛燕は驚きのあまり、懐中電灯を落としてしまう。
不意に周囲が暗くなると、混乱は更に増していくのが分かる。
「な、な、な、ナンちゃん――!?」
「お、落ち着きなさいって、椿!」
柊と秋海棠はお互いに抱き合いながら、戦々恐々とした声を漏らしている。
『お兄ちゃん、状況を説明して』
一同がパニックに陥っている最中、ヘッドセット越しにカズラの声が聞こえてくる。
「それが……出たんだよ」
『出た? それはもしかして、肖像画の目が光ったってこと?』
「ああ、そうだ……」
状況の説明を求めるカズラに、どうにか言葉を返す。
冷静なカズラの声を聞くと、動揺も少しは収まっていくような気がした。
実際に現場に居ないからこそ、こうやって動じないのだろう。
今はそれをありがたく感じている。
『お兄ちゃん、落ち着いて。こう言う時は素数を数えるんだよ』
「分かった。落ちつくんだ……素数を数えて落ちつくんだ……二……三……五……七……十一……十三……十七……十九……」
カズラの言葉に頷くと、素数を数えていく。
素数は一と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字。俺に勇気を与えてくれる。
――わけではないが、馬鹿な話をしていると気持ちは徐々に平静さを取り戻していく。
『お兄ちゃん、もう大丈夫?』
「ああ、なんとかな」
そんな俺を見越してかこちらの様子を伺ってくるカズラに、深呼吸を一してから答える。
『じゃあ、落ち着いたところで……もう一回、肖像画を見てみて?』
「もう一回……?」
『うん。今度は〝じっくり〟、とね』
カズラの言葉に首を傾げていると、横合いから声を掛けられた。
「なあ、みんな! 早く逃げようぜ!!」
他のメンバーはまだ混乱しているのか、飛燕は慌てふためきながら逃げようと提案する。
「いや、ちょっと待て」
「待てねぇよ! 噂は本当だったんだ!!」
興奮気味に喚き立てる飛燕を横目に、俺は床に落ちていた懐中電灯を拾う。
「た、確かにまだここにいるのは、ちょっと……」
「あれ、ケンゴっち……どうしたのさ?」
まともに取り合わない俺に、飛燕は更に強くこの場の離脱を提案する。
秋海棠はそれにこくこくと頷いたが柊は、俺の行動を見て不思議そうに首を傾げる。
「ウチの探偵様のご命令だ」
ゴクリと固唾を飲んで、再び右端の肖像画を懐中電灯で照らす。
「うわっ! なんやってんだよ、牽牛!?」
「…………」
俺の行動に飛燕はぎょっとした表情で、信じられないと悲鳴を上げる。
しかしそれを無視して、肖像画を凝視する。
「定家君……?」
秋海棠は俺の方を不思議そうに眺めている。
先程までの動揺も、いくらかはマシになったらしい。
「…………」
再び肖像画を見ると、やはりその目は不気味に光っている。
背筋には悪寒が走り心拍数は急上昇するが、必死に恐怖をかみ殺して観察に専念する。
今すぐにでも逃げ出したいがカズラの言葉を信じ、目を凝らし発光する部分を見据える。
『どう? なにか分かった?』
「この光り方。どこかで見たような……」
観察を続けているとその発光について、どことなく心当たりがあるような気がしてきた。
携帯電話と懐中電灯を掲げながら、更に肖像画へと近づいて行く。
「……鏡、か?」
『多分、アルミ箔のメタリックシールとかじゃないかな? ほら、台所とかで使う』
近づいて肖像画をよく見てみると、目の形に切り抜かれた金属製のシールが貼ってある。
『話を聞いた時は画鋲かな、とは思ったんだけどねー。随分とまあ、手が凝ってることで』
「確かにこっちの方が、光りをよく反射するだろうしな……」
鏡面状になっているシールを見て、溜め息混じりに納得した。つまりはこのシールに光が反射することによって、肖像画の目が光っているように見えたのだろう。
「え、どゆこと?」
「定家君、どういうこと?」
「お前らちょっとこっちに来て、よく見てみろって」
一人で納得していた俺を遠巻きに見て、柊と秋海棠はおそるおそるこちらに近づいて来る。
そんな二人やその後ろの飛燕に対して、こちらへと来るように俺は手招きをする。
「そっか、こういうことだったんだね……」
「はぁ~……こんな悪戯じみたものを、あたしらは怖がってたのね」
無言で肖像画を指し示すと、二人はそれを見上げて全てを察したようだった。
落胆するような、もしくは安堵するような。そんな言葉を漏らしていた。
「なんだよ、そんなオチだったのか。案外つまんないもんだな」
二人に続くように肖像画を見た飛燕は、呆れたように呟きを漏らす。
「いや、あんたが一番ビビってたでしょ」
「間違いない」
「うん。叫んでたしね」
何事もなかったようにしれっとしているので、一同から総ツッコミを受ける。
この中で一番、肖像画を見て慌てふためいていたのは間違いなく飛燕だ。
「ま、まあ良いじゃんか! ほら次行こうぜ、次!!」
自らの失態を誤魔化すように笑うと、飛燕は我先にと歩き出した。
俺たちは溜め息混じりに苦笑すると、その後を追っていく。
『…………』
その最中カズラは、なんか考えるようにずっと黙っていた。
◇第二の怪『教室の笑い声』
「噂になってる教室は、ここにあるらしい」
渡り廊下をあとにした俺たちは、次に二年生の教室棟まで来ていた。
「ふーん……幽霊が出るって言う教室って、二年だったんだ」
「何だか、懐かしいね」
教室棟は一階が三年、二階が二年、三階が一年と、学年が上がる毎に教室が下への階へと下がっていく方式になっている。
つまりは上級生になっていくにつれ、階段の上り下りから解放されていくというわけだ。
まさに年功序列、縦社会の縮図であるとも言える。
「まあ去年までは、ここに通ってたわけだしな」
俺たち三年は今でこそ一階に通っているが、二年であった去年まではこの二階に通っていたことになる。だからこそ、見覚えのある風景を懐かしく思ってしまうのだ。
「そういや今、何時頃だ?」
そんな昔話で盛り上がっていると、飛燕がふと時計を見る。
釣られて携帯電話の時計を見ると、時刻は八時ちょっと前。
校内に入ってから、およそ一時間が経過していた。
「天文部の天体観測が十時までだから、まだ余裕だな」
現在時刻を確認すると飛燕は、安堵するように呟きを漏らした。
「時間に余裕があっても、急ぐに越したことはないな」
「そうね。宿直の先生と鉢合わせて反省文、なんてゴメンだし」
「そん時はみんなで素直に謝って、許してもらおうぜ」
「嫌だよ。お前一人で謝れ」
「嫌よ。あたしはあんたに脅された、って言うから」
「まさかの見捨てられる展開!?」
楽観的な飛燕の見通しに対して、俺と柊は容赦なくツッコミを入れる。
俺たちは有事の際には飛燕を切り捨ててでも、安全を確保するするつもりだ。
「つ、椿ちゃんはオレを見捨てないよね……??」
「えーと……その、ごめんなさい!」
「まさかの椿ちゃんからも切り捨てられた!!」
捨て犬のようにうるうると潤んだ目で懇願する飛燕に、秋海棠は勢いよく頭を下げてイエスと肯定する。どうやら秋海棠も飛燕の扱いが板についてきたようだ。
「因果応報だな」
「自業自得よね」
「なんで君らはオレに、そう厳しいのかなぁ!?」
「「自分の胸に聞いてみろ」」
「うぃっす」
不満げに嘆く飛燕に俺と柊は、図ったようなタイミングでぴしゃりと言い放つ。
飛燕はそれを聞いて諦めたのか、がっくりと肩を落として項垂れる。
「つーわけで、話してる間に着いたぞ」
馬鹿な話に興じていると、どうやら目的の教室に着いたようだ。
「いいか、開けるぞ?」
飛燕が確認するように言うと俺たちは、再び気を引き締め表情を強張らせて頷いた。
「……特に異変はないな」
扉を開けると俺たちの前には、誰もいない無人の教室が現れる。
カーテンは閉め切られているので、教室の中は薄暗かった。
「例の声も聞こえないな」
室内に踏み込んで周囲を見渡すが、そこは何の変哲もないよく見知った教室だった。
教室の中は無人なので当然、誰の声も聞こえてこない。
「確か噂では、誰かの声が聞こえてくるんだっけ?」
「ああ、オレが聞いた話は、そんな感じだったな」
確認するように問いかける柊へ、飛燕は肯定するように頷いた。
そう言えばこの話を話題に挙げたのは、確かコイツだったな。
「無人の教室で最初は、囁くような笑い声が聞こえて――」
――クス、クスクスクス。
「…………」
「…………」
「…………」
四散して教室の中を手分けして捜査していた俺たちは、思わず黙り込んでしまった。
どこから聞こえてくるのか分からないが今さっき、確かに声のようなものが聞こえたような気がした。
「なあ、これってもしかして――」
「これが例の――」
「声――?」
――クスクスクス、クスクスクス!
突然の出来事に、俺たちはざわめき立つ。
今の教室には、俺・飛燕・柊・秋海棠の四人しか居ないはずだ。
しかし声は、どこからか聞こえてくる。姿は見えないが、俺には確かに聞こえる。
「ど、どこから聞こえてくるのよ……ッ!?」
「えっと、ええっと……ど、どこぉ?」
慌てふためきながら俺たちは、声の発生源を突き止めようと躍起になる。
だが成果はなかなか出ず、そんな時に飛燕がポツリと思い出したように呟いた。
「そういやこの話には、続きがあってな……」
「続き?」
「最初は囁くような笑い声が聞こえてくる、って言ったよな?」
「ああ……」
「でも、その次には――」
震える声で飛燕は言葉を続ける。
その話の続きが気になった俺は、大人しく耳を傾けることにした。
「ケタケタ、って――けたたましい笑い声が聞こえてくるんだ……!」
――ゲラゲラゲラ! ゲラゲラゲラ!!
「う、うわぁぁあァァ――!!」
「キャァァアァァ――!?」
「~~~~ッゥ!?」
まるでタイミングを計ったかのように、今度はけたたましい笑い声が教室内に響き渡る。
その笑い声はまるで悪魔が高らかに、俺たちを嘲り笑っているようでもあった。
飛燕、秋海棠は思わず叫びを上げてしまい、柊は必死に悲鳴を押し殺しているが、その表情は恐慌が支配している。
『お兄ちゃん。分かってるね?』
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、だろ?」
『Exactly(そのとおりでございます)』
確認するように尋ねるカズラに対し、淀みなく答えてみせる。
他のメンバーが慌てふためいている最中、俺は不思議と冷静だった。
『机の中、片っ端から調べてみて』
「了解」
カズラの指示を聞くと俺は、頷いて慌てふためく一同を見渡す。
「は、早く逃げようぜ!?」
「待てよ、飛燕」