Girls be ambitious! SEASON1


 あと一ヶ月もすれば雪で、

「またスノーブーツ買わなきゃね」

 などという話題も出る。

「でもムートンブーツしみるからさぁ」

 事実、澪は通気性から夏でも冬でもムートンブーツを穿いているのだが、夏用はまだしも冬用は水が滲みやすいことをこぼした。

 当時メンバーでもっともおしゃれであったのは現役モデルのすみれで、スカートの丈を少しだけ短めにし、下着が見えないよう中にはトランクス型のショートパンツを仕込み、そのショートパンツには色を合わせたカラーレースを縁取ってある…という凝ったものになっていた。

「すみれモデル」

 としてアイドル部内で流行り、今ではアイドル部全員がそれを取り入れているため、体育の授業の着替えの際すぐ分かる仕組みになっていた。

 時期的に自然と進学先の話も増えてきたらしく、

「美波は進学しないみたいだけど」

「あの子の家、シングルマザーだからね…」

 それでも私立に通えたのは、キリスト教系で寄付金で賄われている学校だったからに違いない。

「ののかは北大?」

「医学行きたいから、北大が無理なら旭川医大かな」

「女医さんかぁ…」

「澪は?」

 ののかは訊いた。


 私は、と澪は、

「東京の大学に行こうかなって」

 アイドルに関係した会社を起こしたい、という目標はののかも知っている。

「マネジメントは大事だもんね」

 例の藤子の件で、マネジメントの重要性はひしひしと身にしみて分かっている。

「プロは優海とかすみれみたいに意識の強い子でないと難しいかも知れないし、デビューしても売れるかどうか分からないし」

 だったら堅実に事業家を目指したほうがいいだろう…というのが澪の見立てであった。

「藤子ちゃんはどうしたいのかなぁ?」

「あの子は昔から本が好きだから、図書館の司書か小説家だって言ってた」

「文章書くの上手いもんね」

 藤子がポスターのキャッチコピーをつけるのも上手いことを思い出した。

 ののかもリラ祭のキャッチコピーは、

「桜庭ののか、咲いてみせようじゃないの。」

 というものを、考えてもらった。

 澪は「一応、部長です!」というコピーで、これはよく優海が澪を立てるときに使う口癖からきた。

「藤子のは変わってたなぁ」

 あの例のハードカバーを読んでいる姿のポスターである。

「あれに『普段からこんな感じです』なんて、あの子しか言わないわ」

 あれは目立つわ、とののかは言った。


 唯と藤子が修学旅行から戻ると、

「そろそろ新しい部長を決めなきゃならないんだけど…誰がいい?」

 本来なら九月に決めなければならなかったのだが、美波の件があって先延ばしにしていたのである。

 すみれが手を挙げた。

「私は藤子ちゃんかな。しっかりしてるし、頭もいいし、知名度もあるし」

 確かに。

 修学旅行のときには、ティーンズファッション誌の密着取材がついて、

「奇跡のメガネっ娘」

 と呼ばれ、今やメガネ女子ブームの旗手として、ワンピースや普通にコーディネートされた服を着たグラビアの仕事も来ている。

 普段の制服や私服のワンピースでは目立たないのだが、藤子は小柄な割にスタイルも良い。

「ああいう隠れ巨乳みたいのが男子は好きらしいよ」

「男子ってだいたい可愛くてスタイル良かったら、多少性格悪くても引っかかるもんね…」

 雪穂が言うと「それ自分のことでしょ」と優海がちゃちゃを入れ、それに対して、

「私、なんにも悪いことなんかしてないもん!」

 少しむくれてみせる。

「天然なんだか計算なんだか分からないよね」

 美波が言いそうなことを、ののかが言った。


 話を本題に戻す。

「私は部長とかキャプテンとかリーダーは無理だよ」

 藤子は固辞した。

「私はトップに向いてないのを知ってるから。むしろ私は、唯か雪穂ちゃんかなって」

 雪穂の名前を挙げたのには驚いたが、

「リーダーってね、割とおっとりした人のほうが向いてるんだって。私はリーダーの隣でない知恵絞ってるタイプだから無理かな」

 藤子はみずからを、小賢しい女だと思いこんでいるふしがある。

 ところが雪穂は雪穂で、

「私は優海か藤子ちゃんかなって思ってた」

 と言った。

 あれだけ普段からプロになるには…などと言うのだから、いっぺんやらせてみてはどうかというような、いささか野放図な意識はあるのかも分からない。

 

 様々な意見が出た中で、

「じゃあ、澪は?」

 現職の澪に、ののかが訊いた。

「私は藤子と同じ。でも雪穂よりは唯かな」

 理由は、明快そのものであった。

「私は藤子じゃちょっと線が細い気がする。唯は私と違って意見はハッキリ言えるし、藤子は繊細な分、彼女に何かあったらチームも壊れそうで」

 そもそも澪は、じゃんけんで負けて部長になっている。

 なので最初から他人を掻き分け押し退けしてまで上に立つような思考はなかったらしく、それだけに誰にリーダーシップがあるか、考えていたようである。

「やっぱり見てるわ、ちゃんと分かってるね」

 ののかは相槌を打った。

「それに唯が動、藤子が静って感じだしね」

「それじゃ、唯で決まりでいい?」

 しばらく何も言語らしい言語を発しないまま、唯は顎に手を当て何かを考え込んでいたが、

「リーダーに向いてない気もしないではないけど、でも出来るだけのことはする」

 覚悟を決めたようであった。

 新しい部長の唯は、言葉や行動で引っ張るようなタイプではない。

 どちらかといえば、

「共に進む仲間」

 という意識であったようである。

 よく唯は「仲間は信じるもの」というワードを多用する。

 (ひるがえ)すと、自分がトップの器でないことを理解していたから言えたのではなかろうか、とさえうつる。



 ところで。

 九月いっぱいで生徒会も代替わりし、安達茉莉江に変わって、新しい生徒会長が就任した。

 しかも一年生である。

「いくら無投票だからって、一年生って…」

 それだけでちょっとした騒ぎとなった。

「まさか翠が生徒会長とはねー」

 しかも、雪穂のクラスメイトだというのである。

 瀬良(せら)翠。

 中等部からの進学組で、

「アイドル部を小馬鹿にしてる子」

 というのが、唯のリサーチ結果であった。

「前任者のアダッチ(茉莉江)が理解者だったからね…やりづらくなるよ、きっと」

 しかし。

 今やライラック女学院アイドル部といえば北海道内では情報番組のリポーターとしてののかが出演したりするほどのネームバリューで、

「こないだのオープンスクールだって駆り出されたぐらいだし」

 事実唯が部長になって初仕事が、体育の日のオープンスクールのゲスト出演であった。

 さらに今度の週末はレバンガのハーフタイムショー、その次はコンサドーレのファンフェスタのゲストである。

 夏のファイターズのファンイベントで、札幌ドームライブは実現したのだが、

「でも今ならネット配信でライブを中継したら、世界中どこでも見られるよね?」

 優海にかかると台無しである。


 藤子もマネジメントをしながらのメンバー復帰となって、藤子の親しいクラスメイトで、アニメ好きな海老(えび)(はら)マヤが、新しく加入するようになった。

「だって女子でジブリの『海がきこえる』が好きって、なかなか渋くない?」

 マヤは藤子の好みを明かした。

「だけどマヤだって、けいおんのDVDアマゾンで探してたじゃん」

 どことなく藤子とは馬が合うらしい。

 マヤはよくコスプレのイベントにも参加するのだが、

「マヤのコスプレ姿、ビックリするから」

 前に藤子が見たのはラブライブのコスプレであったが、似合い過ぎていて、逆に写真を見た唯が軽く引いたぐらいである。

 そのマヤが連れて来たのが、マヤの同じ中学の一年後輩にあたる宗像(むなかた)千波(ちなみ)で、こちらは吹奏楽部に入るつもりだったのが、希望楽器のサックスがいっぱいで枠がなく、フリーであったのをマヤがアイドル部へ引っ張りこんだ。

 千波はエレクトーンを習っていたので、ピアノが弾ける。

「これで作曲とかどうにかなるかも」

 カラーもマヤはボルドー、千波は黄緑と決まった。

「ボルドーと黄緑って、アイドルではほとんど使われないイメージカラーなんだよね」

 オタクらしいマヤのアドバイスによるものであった。


 マヤはイラストも本格的に描く。

「別に絵で食べていきたい訳ではないんだけど」

 とは言うものの、「孔雀の海老原」と呼ばれ孔雀図を得意とする日本画家・海老原()(りょう)の娘というだけあって、背面いっぱいに白孔雀を自ら描いた、ダンス練習用の黒Tシャツは人目を引いた。

「まるで何かの入れ墨みたい」

 優海が言うとマヤは、

「あなたにもデザイン違いだけどあげるね」

 と黒Tシャツをくれたのだが、開いてみると白い孔雀の脇に、

 「止めてくれるなおっ母さん
  背中(せな)の孔雀が啼いている
  女一匹 何処(どこ)()く」

 と書いてある。

「こっちのほうが、よっぽど入れ墨みたいだよね」

 唯が腹を抱えて笑った。

 優海は最初、

「私に対する当てこすり?!」

 などと怒っていたが、しばらくして気に入ったのか、体育の授業でそれを着て、優海はバドミントンをしていた。

「あれは優海のことを言った訳じゃないんだけどね」

 どうやらマヤには、そうしたイタズラっ子な一面があるらしい。


 いっぽう。

 千波は自宅から練習用に使っていたキーボードを部室へ持ち込み、

「優海ちゃん、これでボイトレできるよ」

 と、優海のボイストレーニングに付き合ってくれるのはいいのだが、平気でオクターブの高い音域まで出すので、のどが切れて血が出そうになる。

「でも声楽とかオペラじゃこのぐらい当たり前だよ? 優海ちゃん、プロ目指すならこのぐらいはやらなきゃ」

 それもそうで、千波は交響楽団のビオラ奏者の娘であった。

 少し取っ付きづらい優海を、普段からほんわかした千波がとっちめる光景はさながらコントで、

「だんだんキャラが揃ってきたね」

 模試の帰りに部室に立ち寄る程度にはなったが、澪は見に来た際に言い、

「新しいアイドル部になりそうだね」

「何それ。まるで母親みたいな目線だよね」

 藤子もクスクス笑い始めた。