Girls be ambitious! SEASON1


 リラ祭を数日後に控えた火曜日の放課後、部室で集まって休憩していると、

「失礼します」

 と、生徒会の腕章を巻いた女子高生が入ってきた。

「生徒会長の安達です」

 と名乗った。

 安達、名は茉莉江。

 美波とは同じクラスだが、美波は話したことはほぼなかった。

 茉莉江は生徒会長にしては珍しく、自分の意見では動かないという変わったやり方を取っていた。

 合議で方針を決め、それを実行する。

 それだけに周りからは「定見がない」と言われたこともあったが、茉莉江は「我を張るよりはいい」と意に介さない。

 その茉莉江が、

「実はみんなに頼みがあって…」

 と頼んできた。

 みな、よほどのことと見たらしく、固唾をのんだ。

「リラ祭で、これは生徒会に来た投書での発案なんだけど、みんなの人気投票をするという話があって」

 これには一同かなり動揺したらしいが、茉莉江は続けた。

「さすがにそこは、みんなの許可を取らないわけにはいかないから、それで取りに来たの」

 この律儀さが、歴代生徒会長では屈指の明君と呼ばれた、茉莉江の茉莉江たる所以であった。



 茉莉江はいきさつも話した。

「私は人気投票って、正直なんかセクシャルな物を商売みたいにしてるみたいで、あんまり賛同出来なかったんだけど、うちの高校って、周りがほとんど共学で男子の来る率が高いし」

 ライラック女学院の周りは共学が四校、工業高校とコンピューター系の高校がそれぞれ一校ずつある。

 そうした他校からの要望も寄せられたらしい。

「だから、一応投票だけしてもらえば、何とかなるかなって」

 澪はしばらく考え込んでいたが、

「条件があるの」

 と切り出した。

 まずは、

「それなりに準備をするための、時間と予算の問題を解決して欲しい」

 写真の撮影もある、と言うのである。

 それに、

「今回はアイドル部が依頼した訳ではない、ということを明確にしてほしい」

 それが何とかなれば大丈夫、と澪は答えた。

「無理を聞いてもらって助かりました」

 茉莉江は安心したのだが、

「それじゃお金は、生徒会持ちってことでよろしく」

 これには茉莉江も少し苦い顔で、やられたといったような顔相をした。


 翌日ポスター撮りが短時間で行われたのだが、

「こんなときって、どんな顔したらいいんだろうね…」

 誰もよく分からなかったのか、みな強張ったぎこちない表情でカメラにおさまった。

 優海やののかはカメラに慣れていたが、

「なんで楽しくもないのに笑わなきゃなんないのか、よく分からないんだよね…」

 唯は身も蓋もないことを言った。

「私もニコパチは苦手かも」

 藤子も写真は、どうも落ち着かない。

 ただ雪穂だけは笑顔を振りまいて、すぐ撮影も終わった。

「私は女優だって思い込んだら誰でもできます」

 とはいうもののそうは行かないので、

「あれは天性の芸能人かもね…」

 優海はなぜか、敗北感を覚えた。




 リラ祭初日。

 初めての試みとして人気投票が始まると、昼前には早くもトップ争いが絞られ始めた。

 藤子と雪穂、優海の三人の票がダントツなのである。

「この三人かなとは思ってたけど、露骨なぐらい得票数高いよね」

 澪は笑っていた。

 特に雪穂は夏服姿のポスターが効いたらしい。

「だって暑いの苦手だから…」

 そういって夏服で撮影したのだが、そのぶん後にファンから「マシマロわがままボディ」と呼ばれた抜群の体型がくっきり出るようになり、

「あの子絶対自分の魅せ方分かってる。あざといわー」

 などと美波なんぞは言っていたのだが、

「でも、女から見ても可愛いものは可愛いんだよねぇ…」

 多分迫られたらオチるかも、と物議を醸すようなことを言った。

「でも藤子が人気なのは不思議だなぁ」

 童顔の藤子は、撮影時にどうしても笑顔が固くなって緊張がほぐれなかったので、小道具として、図書室から借り受けたハードカバーの織田作之助集の本を持たせた。

「オダサクは読んだことなかったなぁ」

 撮影中読む振りをしてもらうつもりが、真剣に夫婦善哉やら六白金星なんぞ読んでいるうちに、気づいたら撮影は済んでいて、その後も藤子は読み終わるまでスタジオの隅でそのまま読んでいた。

 

 ステージは二日目である。

 まずお通夜のコント後は澪と雪穂の票が伸びた。

 特に匍匐前進が妙に本格的だったので、

「あれなら自衛隊行ける」

 などと声が飛んでくる。

 最後の祭壇落としで経帷子姿のののかが転げ落ちてくると、

「あの子、体張ってるわー」

 オチのはずが拍手が起きてしまい、なんとも微妙な空気感になった。

 二部のライブが始まると、

「行くぞーっ!!」

 いわゆるアオリと呼ばれるパフォーマンスを澪がすると、あちこちからペンライトをちぎれんばかりに振って、メンバーの名前を呼ぶ観衆で講堂は埋まっていく。

 見せ場は美波のバック転で、もともと小学校のとき体操教室に通っていた美波が、パニエを仕込んだ衣装のスカートを翻してバック転を決めると、更に盛り上がった。

 終わると、今度は美波の票が増えていたので、

「みんな個性が出てきたな」

 清正はののかの票が伸びてないことだけが気になっていた。

 三日目の一般公開日は、他校からも人が来る。

 それだけに変動がどうなるか、注視が集まっていたのだが、

「トークイベントやるよ!」

 澪はメンバー全員と広場に出ると、

「これからトークイベント開催します!」

 澪の仕切りで、広場にハンドマイクを持ち込むと、フリートークを始めたのである。



 昼時から始まったトークイベントでは、

「みなみーん!」

 という女子からの声援が多かった。

 健康的に日焼けした美波はバレンタインで後輩からチョコをもらうことが多く、靴箱いっぱいにもらったこともあるのだが、

「私チョコ苦手なんだよね…」

 美波はもらったチョコのうち、手作りはスイーツが好きな雪穂や藤子にあげ、既製品は学校が運営する学童クラブに寄付していた。

 しかしトークとなると話は別で、

「私なぜか、女子にだけモテるんです」

 会場からは、ドッと爆笑と歓声が上がった。

 存外、美波は笑いの取れる会話力もあるらしい。

 途中優海と雪穂の掛け合いには、

「雪穂をいじめるな!」

 とヤジが飛んだのだが優海は「いじめてなんかない!」と切り返す。

 雪穂もすぐさま、

「いじめられてなんかないもん!」

 これがいちばんウケた。

 一般公開が終わる頃には全体的な得票数もだいぶ伸びていたので、

「それぞれ持ち場があるもんなんだな…」

 と澪は感心したように言った。



 収穫もあった。

 イベントのあと、意外なことに入部の希望者が来たのである。

「一年A組の橘すみれと言います!」

 見た目はツインテールで小柄な、どこにでもいそうな風貌のすみれだが、実は大手のモデル事務所の札幌事務所に所属する、れっきとした芸能人でもある。

「事務所からは許可もらいました」

 理由はコントを見て楽しそうだったから、であったらしい。

 もともとはティーンズの雑誌の読者モデルであったが、事務所に所属するようになってから、思うようにオーディションに受からなくなり始めており、

「このままじゃ将来的には、脱がされてヤラされて終わりかなって」

 彼女なりに焦りはあったらしい。

 どこか醒めた眼を持って見渡しているところはあるが、気難しいわけではなく、

「経験は活かしたいな」

 と、雪穂や優海にレッスンをつけてくれたりもする。

 部室のサイズの割に部員が増えてきたので、

「今度から、番号つけたらいいんじゃないですか?」

 突飛なようで合理的な美波の発案で、部員に番号をつけることが決まったのもこの頃である。


 リラ祭が、済んだ。

 人気投票の集計結果を、生徒会長の安達茉莉江が持ってきたのだが、

「長内藤子ちゃんが一位です」

 これにはメンバーも驚いた。

「一般公開の日の得票が段違いで…だから男子は意外とメガネ女子好きなのかなって」

 澪は男という生き物が意外に単純ではないことを、よく理解はし難かった。

 何より。

 藤子本人がビックリしたらしく、

「悪いことは言いませんから、票を数え直したほうが良いのでは…」

 と漏らし、これにはさすがに茉莉江も、

「選挙用の機械で何度か数えたから、今更どうしろったって、ねぇ…」

 笑うしかなかったらしい。

 ともあれ。

「メガネっ娘の藤子(とーこ)たん」

 こと藤子はたちまちネットで人気に火がついて、

「何か東京から取材したいってカメラマンが来てるんやけど、どないする?」

 清正からの連絡で、藤子は自分の立場が変わっていっていることを初めて自覚した。



 そこで。

「グループ名をどうするか」

 という新しい議題も持ち上がった。

 一応、

「リラっ()。」

 という仮の名前は同好会時代からあるにはあったのだが、

「ライラック女学院アイドル部」

 という名称で、ネットでは「ライ(じょ)」という略称がついて、半ば定着しつつあった。

「みんな、どうする?」

 澪が部室で切り出すと、

「私はリラっ娘のままがいいなぁ」

 不満げに言ったのは、意外なことに美波であった。

「だって、三人しかいなかった頃から私は知ってるけど、みんな頑張ってたのを私は見てたし…」

 澪が深くうなずいた。

 リラっ娘のときには、タスキをかけて大通公園のイベントに参加したことはあったが、コアなアイドル研究をしているであろうオッサンや、下から撮ろうとするカメラ小僧ぐらいで、あんまり良いイメージがなかった。

 しかし、美波はそうしたときでも差し入れを持ってきたりもしていた。

 愛着があったのかも分からない。

「でも、最初の段階でリラっ娘ですって言っても誰も振り向かなかったよね」

 ののかがぼそっと言った。

 みな、それっきり黙ったまま、重苦しい空気だけが支配した。