翌日から、
「みな穂ちゃん、ちょっとお願いがあるんだ」
と藤子はみな穂に、自分が獲得したノウハウを一つ一つ、しかし確実に伝授してゆくことにした。
「みな穂ちゃんは私が憧れだって言ってくれたから、だからあなたに託す。その代わり、ちょっと厳しいよ」
藤子は笑顔を見せた。
それにいち早く雪穂が気づいた。
「藤子ちゃんの覚悟がそこまでなら、私は止めないよ」
「雪穂は雪穂のままでいいんだよ」
雪穂は帰り際に翠に、
「藤子ちゃんを助けて欲しい」
翠は瞠目した。
「私が?」
「翠、…挽回するなら今だよ」
こういう言い回しのチョイスが雪穂を小悪魔たらしめている。
「だって翠、アイドルになりたいんだよね?」
それだけ雪穂はささやくと、スッと教室から消えた。
放課後、翠が息を切らして部室へ飛び込んできた。
「私、アイドル部に入る!」
いきなり入ってきて、しかもいきなりの発言に周りはひっくり返りそうになったが、
「アイドル部がピンチのときに、おめおめ黙って生徒会長の椅子に座ってなんかいられないわよ!」
翠は啖呵を切った。
「でも校則では確か禁止のはず…」
校則には、
「生徒会は部活に容喙しないこと」
とある。
「確かに容喙はしちゃいけないけど、入部しちゃいけないとは書いてないでしょ」
詭弁ではないか、と唯は感づいたが、
「とりあえず、先生に伺いを立ててみましょう」
職員室の清正へLINEを飛ばしてみると、
「君たちが決めなさい」
とだけ返ってきた。
ともあれ。
予想外の形で翠という新しいメンバーが加入したのだが、
「あれは完璧に、小悪魔にたらしこまれたわね」
マヤのどこか笑いを含んだ言い回しに、
「たぶらかしてなんかないもん…」
雪穂は頬をふくらませた。
でも入部を認めるべきかどうか。
「やらせてみてダメなら、念書もありますから」
すみれからすれば、もしアイドル部として実績が伴わないなら、念書を盾に生徒会へ戻ってもらうという手もある。
「とりあえず、お手並み拝見って感じかな」
「カラーは…初音ミク好きだからエメラルドグリーンだね」
ある程度の結論が見えてくると、唯は即決した。
リラ祭の演目が決まった。
「まさかまたコントやるとはねー」
好評だったらしく、今回は餅つきのコントに決まった。
二部のライブは全曲オリジナルになった。
「千波ちゃんのおかげだよ」
作曲出来るメンバーがいるのは唯も心強い。
「でもフォーメーションどうします?」
翠の分のフォーメーション変更を千波は訊いた。
「あの子は生徒会長だから、下手に変えてまた当日どうのこうのってのも困るから」
フォーメーションは変えない、と唯は言った。
「そもそも実力が分からないのに、ステージには上げられない」
部活動とはいえ、今回はチケット販売もある。
「たとえ五百円でも、お金をもらうからにはちゃんとしたライブにしたいわけ。でなきゃ筋道が立たないでしょ?」
唯には唯の道理があるらしかった。
ライブでは新しい企画としての、グループ内ユニットの発表もある。
「あやめちゃん、カホンやらせたらセンスあってさ」
パーカッションの経験者がいなかったので、唯はあやめにカホンを勧めてみたのである。
これでベース優海、サックス雪穂、カホンあやめでユニットが決まったのだが、
「ユニット名だけ決まらないなぁ」
そこへ千波が来て、
「sea snow irisってのはどうです?」
優海の海、雪穂の雪、あやめをそれぞれ英語にしただけだが、
「それ決まり!」
楽器の種類から言えば、ジャズかカントリーミュージックに近いかも知れない。
「北海道らしくていいかも」
こうなると早い。
早速sea snow irisの練習が始まったが、
「このサウンドだと、インストゥルメンタルっぽいほうがカッコよくないですか?!」
あやめの提案に優海が乗った。
「歌わないアイドルバンド、アリだね」
そこで何曲か練習したあと、
「やっぱボーカルあるとちょっとね…サックスでボーカルのラインやってみて?」
雪穂にボーカルのメロディを吹かせると、
「これだわコレ」
ちょっと大人な感じが三人とも気に入ったようであった。
「何もアイドル部だから歌わなきゃダメとか、うちの部はないんだよね」
コントもやれば楽器もやる。
マヤのようなコスプレ撮影会の企画を持ち込んだのもいる。
唯も今回はアコースティックギターの弾き語りライブを開く。
「いつもキャピキャピしてなきゃいけないなんて、誰も決めてなんかないし、いいと私は思う」
この闊達さが、いわばウリでもある。
最終的にsea snow irisはジャズナンバーを演奏することにした。
「シナトラのナンバーだから古いけど『fly me to the moon』ってどう?」
洋楽好きな優海らしい、なかなか渋い選曲ではある。
動画で見てみると、
「これならうちらの楽器に合いそうだね」
アイドルなのにジャズ…ギャップ萌えしそうだと踏んだらしかった。
他にもジャズナンバーを数曲選んで音合わせをすると、だんだん形になってきたので、
「これならみんな楽しんでもらえそうだね」
優海は言った。
他方で。
千波が弾いていたのは『ジョックロック』というキーボードでは有名な曲で、
「コレ、高校野球のブラバンのだよね?」
「元ネタはヤマハのキーボードのデモなんだよ」
唯は知らなかったらしい。
千波は今回は場面転換のつなぎを兼ねたキーボード演奏をする。
「ソロ演奏、やってみたかったんだー」
千波は上機嫌で今度は『コードブルー』を弾き始めた。
リラ祭ライブの日。
やはり翠は生徒会の仕事が忙しいらしく、なかなか顔も出せないでいた。
「いいじゃん、部費だけ払ってくれるタニマチさんなんだから」
みな穂がタニマチという古い表現を敢えて使ったせいで、翠はこの頃にはセラミックス以外にもタニマチさんと呼ばれていた。
人気投票は二日目で、今年は雪穂と千波の一騎打ちの様相となりつつある。
「藤子ちゃん、出てないからね…」
今回は藤子は辞退した。
少し寂しいかと思いきや、そうでもない。
ライブはsea snow irisのジャズから始まった。
大人っぽい黒の衣装で『fly me to the moon』を演奏する三人は、
「あれは女子でも惚れてしまう」
とまでネットで話題になったほどである。
ジャズはどうかなと思ったが、意外にも教師たちのウケがよかったらしく、
「あれならアイドル部があってもいいな」
などと評価を得た。
このあとは唯がカバー曲で弾き語りライブ。
アコースティックギター一本で『幸福論』や『Darling』、谷村有美の『笑顔』といった、なかなか渋めのラインナップのカバーライブはウケも良かった。
転換の間、今度は千波がキーボードで登場。
「えーと、テレビで聴いたことのあるノリノリのナンバーを演奏しますので、乗っちゃってください!」
弾いたのは『ファイヤーボール』『eruption─タルカスより─』『コードブルー』、そして例の『ジョックロック』である。
タルカスでは全身を躍動させるように弾いたので大迫力であったらしく、一気にボルテージが上がってゆく。
さらにジョックロックはキーボードのデモが元ネタだという解説でどよめきが起きた。
千波のキーボードが終わると、
「みなさーん、お待たせしました! 二年連続のライブでーす!」
アイドル部が登場すると、やはりボルテージは上がる。
「今年はオリジナルナンバーのライブです!」
歓声があがった。
「それじゃあ、盛り上がってゆくぞーっ!!」
千波が作った『シーサイド!』から始まり、しっとり聴かせる『いつの日か』、アップテンポでコメディチックな『逃げろ仔猫ちゃん』。
すみれのソロナンバー『RAINBOW』を挟んで最後は可愛らしい『もふもふ。』で大盛り上がりを見せ、アンコールでは楽器組も出てきて新曲『食べちゃうぞっ!』で大歓声の中ライブはハネた。
「今回はかなり盛り上がったねー」
予想外ながら、あやめがバック転をしてみせたのである。
「かなり練習しました」
鼻につけたピンクの絆創膏が証拠であろう。