どうして断ってしまったのか、自分でもよくわからない。

ただ、今はともかく早く、一刻も早く……
ヒイラギを……彼を、探しに行きたかった。

自分でも自分の気持ちが良くわからない。

だけど……

ふと、目に入ったスカートの繕いや、綺麗な彩りのどこに出しても見劣りしない私の好物ばかり入ったお弁当が、私に彼を忘れさせてくれないのだ。

(ホントに……どこいっちゃったのよアイツ)

これでさよならなのだろうか。
突然、こんな風に……
出会った時と同じように……
現れる時も急で、いなくなる時も──

今日は朝からずっと平和だった。
コレが忘れかけていた平穏な日常。
一日、何も無い普通の日。
昔と同じ、運の悪い事が連続でひっきりなしに起きて私の邪魔をしたりしない。

コレが望んでいた事だったはずなのに……

なんだか仕事をしている間もずっと、頭の片隅にあるヒイラギの事が離れない。

ようやく仕事初日を無事に終わらせた私は、急いで自宅へと脇目も振らずに帰った。

カバンからすぐに鍵を取り出す、もちろん鍵が紛失したりカバンが壊れたり、帰って来る間に頭から水をかぶったりもしなかった。

「ヒイラギっ!!」

扉を開けて何よりも先にその名前を呼んだ、いつもなら目の前にいて出迎えてくれていた彼が、今日はいない──

「……何よ……ホントに消えたの……?」

しんと静まり返る部屋。
少しだけ伸びた日の光が、最後の灯火みたいに辺りをうっすら照らしていた。

いつもここにあった、温かい夕食の香りも彼の姿もない無機質な部屋。

やがて、陽は落ちて私は真っ暗な部屋の中に一人立ち尽くしていた。

「……もう、会えないの?」

私の頬を勝手に涙が伝わってゆく。
好きだとか、今までそんな風に意識した事なかったというのに……

ようやく今になって、寂しいとかいう身勝手な気持ちと、彼を自分がどう思っていたのかやっとわかった。

こんな時に思い出すのは、不運続きだった日常の事よりも、彼と過ごした楽しかった時間ばかりで、私はただ泣き崩れてしまった。

そして──
泣くだけ泣いて、自分がどうしたいかどうするべきかを今度は冷静に考えた。

結果は、以外に簡単に出た。

私は着替えもせずスーツ姿のままで、急いで部屋を飛び出した。

行き先は決まっている。

確証なんてなかったけれど、それでも足が自然に向かっていた。